三國市海洋水族館で飼育されているユーラシアカワウソの周倉は、自身の担当スタッフである関羽のことを「親分」と呼んで慕っています。なぜって、あの大きな体! 威厳のある鳴き声! 立派なおひげ! 分厚くあったかい手で抱え上げてもらい、がっしりした肩に乗せてもらえると、周倉は心の底からほっとするのです。
 周倉は本当に関羽のことが大好きでした。そして、そんな関羽の第一の「子分」である自分のことをとても誇りに思っていました。

 ある日のことです。関羽が、周倉の暮らす展示水槽に知らないユーラシアカワウソを一頭連れて現れました。その子は周倉よりも少しだけ年下に見え、関羽の胸許に抱かれてとても緊張した様子でした。一方の周倉も事態を把握できずにぽかんと関羽を見上げます。それから慌ててぴょんとその場から飛び退きました。驚きが遅れてやってきたのです。
「おっ……おっ、親分? そちらの方は一体……」
「おお、やはり驚かせてしまったか……。周倉、この子は関平。今日からお前と暮らすのだ」
「ぅえっ?」
 関羽がゆっくりとかがみ込み、腕のなかのユーラシアカワウソ――関平を地面に下ろします。ですが関平はすぐに関羽の後ろに回り込んで、周倉の視界から姿を隠してしまいました。
「こら、関平。あいさつはきちんとするのだぞ」
「…………」
 それからもしばらく関羽の合羽を掴んでもじもじとしていた関平でしたが、意を決した周倉が恐る恐るそちらに近づいてもそれ以上は逃げませんでしたので、周倉は自分から名乗ることにしました。関羽の第一の「子分」なのですから、当然です!
「よう、俺の名は周倉! 軍神・関羽の第一の子分だぜ」
「! せ……拙者は関平。このたび、軍神・関羽の養子として世話になることになっ……た」
「!!!」
 周倉はまたしても飛び上がらんばかりに驚きました。
「……ってことは、親分のご子息じゃねえですかい! なんてこった!」
 立ち上がり、あわあわと前肢を振る周倉に関平も目を丸くします。このときには関羽はもう傍に避けて二頭の行く末を見守っていました。周倉は気づきませんでしたが、関羽と共に展示水槽に来ていたフロア長の劉備も彼の後ろでほっとした様子です。二人は目を見合わせて微笑んでいました。
「俺のことは周倉と呼んでくだせえ! 先程は無礼な口を聞いてすいやせんした!」
「えっ? いや、何も……構わない。拙者のことも気安く呼んでくれ」
 急にかしこまりだした周倉に関平もどぎまぎしますが、それから二頭は互いになんと言葉を続けていいかわからず、わけもなく見つめ合って黙ってしまいました。
 そうしてしばらくいましたが、やがて周倉は、はっ! と気づいたように体をふくらませます。新しい仲間、それも関羽の養子がやってきたのです。これはそう、つまり!
「歓迎会をやらなけりゃあ!」
「へ?」
「関平殿、しばしお待ちを! ここには魚がいっぱいいるんでさあ!」
 そうなのです。この広いユーラシアカワウソ展示水槽内の池には、大きなものから小さなものまで、たくさんの生きた魚が泳いでいました。もちろんこれらは蜀フロアの魚類担当である劉禅によって管理されており、たびたび補充などされながら常にある程度の数は生息しているように飼育展示されています。
 なぜそのような展示方法になっているのでしょう? その答えは、今から周倉が見せてくれます。
 彼はするんと水中に入りました。そして、素早い泳ぎで一匹のフナを捕らえると、陸場に戻り関平の近くにあった岩の上に置きました。周倉はそれを何度も繰り返します。ユーラシアカワウソは器用に前肢を使える種族であり、また長くて太い立派な尻尾で水中でも上手に舵を取って泳ぎ回ることができるため、こんなふうに魚を獲るのが大得意なのです。そして、獲った魚をこうして地面に並べる習性を展示するために、この水槽ではユーラシアカワウソを魚と共に生活させているのです。
 さほど時間を置かず四匹の魚が岩の上に並べられました。しばらくはぽかんと周倉のやることを見ていた関平でしたが、五匹目を抱えた周倉が陸場に戻ってきた際にはっとなって、自身も水中に飛び込みました。
「あえっ!? 関平殿!?」
 周倉が驚いているうちに、関平もまた一匹のフナを両の前肢に抱えて戻ってきました。そうして、少し気恥ずかしそうに周倉の魚の傍にそれを並べて、言いました。
「これから共に暮らすのだ。拙者からも贈らせてほしい」
「!! ありがてえ! もっちろんでさあ!」
 嬉しくなってびょんっと跳ねた周倉が関平に抱きつくと、関平もまた周倉を抱きしめ返します。並べた魚は放置してむぎゅむぎゅと抱き合う二頭を見つめながら、関羽と劉備とは実に満足げに頷くのでした。

 それからというもの、周倉と関平はとっても仲良しになりました。一緒にたくさん遊び、たくさん泳ぎ、ときどき“祭り”をし、眠るときも体のどこかが必ずくっついています。関羽は周倉と関平のために展示水槽にふたつの麻袋のハンモックを作ってくれましたが、二頭はいつもどちらかひとつに固まっているので、せっかく用意したのに、と困り顔になりつつも眦は下がっています。
 関羽と一緒に「おさんぽ」に行くときだって二頭はけんかになりません。なぜって、周倉は関羽の肩の上に乗るのが好きで、関平は関羽の胸許に抱かれるのが好きだからです。
 関羽の背の高さから景色を見るとき、二頭は心から嬉しくなります。周倉などは特にそうです。だって、周倉と同じように関羽のことが大好きで、一緒に同じ景色を見ることのできる仲間に出会えたのですから!