短文をまとめたページです。
配送業権さんと役職付き于禁さんとモブさん(現パロ/会話文)
炎虎権さんと雷熊于禁さん(擬獣化)
デッサンモデルと見習い彫刻家(現パロ)
駆け落ち(現パロ)
パンを買う(モブ→権于/モブ視点)
赤ずきんパロ(陸遜メイン)
二度寝のお誘い(権于)
赤錆・碧落(権于/付き合ってないけど事後)
あなたの心に居座る方法(権(→)←于/現パロ)
君の住む街(権→于/現パロ)


(現パロ/会話文)

「孫さん、すごいですよね」
「はい?」
「さっき、ずいぶん楽しそうにしゃべってたでしょう、于部長と。外部の人だからかな、我々には、まあー厳しくって、みんな怖がってるんで」
「ああ」
「私語は慎めってよく言われますよ」
「先ほどは彼も休憩中だったでしょう。業務中の私語は、それは注意されますよ」
「まあ、それはそうですけど」
「それに私、彼に惚れていまして。狙ってるので」
「え」
「あ、于さんには言わないでくださいよ、今仲良くなっている最中なんですから。でも、みんな怖がってるということはライバルはいないんですよね? よかった」
「…………なんであんな難しそうなとこいくんですか」
「ううん、こればっかりはどうしようもないですからね……あ、こちらサインお願いします」
「あ、はいはい……」
「どうも。こちらの集荷配送は全部自分に一任してくれと会社には言ってあるので。今後も何かあればお気軽にご連絡くださいね」
「……取引先への社交辞令だと思ってたけど、ああ、こういう意味だったんだなって」
「ははは。あ、于さん! お疲れ様です。少しよろしいですか。あ、それでは私はこれで」
「ええ、ご苦労様です」
「はい、お疲れ様です。于さん、すみません、休憩終わりに引き留めてしまって。先ほど渡し忘れてしまったのですが、これ、よければ食べてください。そんなに甘くなくておいしいって評判だったので、于さんでも食べれるのではないかなと……ひとつしかないので、あなたにだけこっそりなのですが……」
「…………いやー、すごいなー……」

[配送業権さんと役職付き于禁さんとモブさん おわり]


(擬獣化)

 西の空を覆うように黒雲が伸びている。熊の于禁は木々の途切れた山の斜面からそれを一瞥し、再びのそりと歩き出した。
 鷹揚に歩みを進める于禁の後背で、軽やかに枝を踏む音が何度も林に響く。「于禁!」その音の持ち主が彼の名を呼んだ。それは赤く燃えて仄かに光り輝く一頭の虎である。「雨が降りそうだ」
「ああ」
 短く返して于禁は先を行く。己の皮膚にまとう電熱が痺れを強めて――バチン、と一度、一際大きく弾けた。
「于禁! 向こうに稲光が見えた」
 よそ見をしていた連れ合いは于禁がそれを”知っている”ことを知らず、大きな前足の片方で西を示す。于禁は今度も短く答え、そこでようやく後背を顧みた。
「お前は雨は平気なのか」
「ん? 雨程度で私の炎は消えぬ。山を崩すほどのものは心配にはなるがな。それよりも雷が木々に落ちてくれれば久しぶりに火が食える。私はそのほうが楽しみだ」
 どことなくうきうきとした声音で彼は言う。いたいけなその様子に于禁は小さく笑って、そこでふと、なるほどこの虎が私についてくるのはそういうわけか、と得心した。
「であれば、私と共に行動すれば都合がいいか」
「ん、んー、うーん……」
 急に口ごもった相手の様子を己の思惑を言い当てられた気恥ずかしさと捉え、于禁は深追いしないまま再び前を向いた。
「あ、待ってくれ」
 慌てて追ってくる虎を尻目に、于禁は前方に立つ唐松の一本に目をつけた。頭上ではすっかり黒雲が立ちこめ始めている。ひょいひょいと于禁が唐松に登り出すと、その根許にやってきた虎は彼を見上げて鳴いた。
「どこへ行くのだ。さすがに私はそこまでは登れない」
「離れていろ」
「え……あ!」
 軽やかな身のこなしで瞬時にその場を離れた虎の視野で、于禁の立つ唐松目がけて激しい雷撃が落ちた。けたたましい音は山を揺らし、遠くで羽ばたきの音が聞こえる。眼前に白い閃光が走り頭がくらんだ様子の虎の視点が己に合うころには、すでに于禁は地上に降りていた。
「ほら」
「な、何が……あっ! 火だ!」
 于禁の後背で唐松が燃えているのに、虎は于禁の顔をちらと見た後、すぐに飛びついた。大きな口を開けて焼け焦げた木の皮ごとそれを舐め、鋭い牙を引っ掛けて食む。目を細めて満悦そうな表情に、于禁もふんと鼻で息を吐いた。
「うひんはさひほどのはみないで、」
「ものを食べながら話すな」
「んぐ……腹は膨れたか?」
「うむ、あの程度でじゅうぶんだ」
「それならよかった」
 べろりと舌先で口回りを舐め、改めて焼けた木に向かい始めた虎を眺めながら、于禁は悠然と、降り出した雨に打たれていた。

[炎虎権さんと雷熊于禁さん おわり]
焼け野に行き合えばもう寝っ転がってごろごろすりすりして雷熊于禁さんにお腹見せてごろにゃんしちゃう炎虎権さん。


(現パロ)

「本日は、えーとこちらを用意したので……」
 と言って示されたのは三人掛けのよく見るリネン生地でできたソファーだった。「アレルギーはありますか? すみません、先にお尋ねすればよかったのですが」と申し訳なさそうに続けられ、于禁は首を振って心配には及ばないと伝える。
「坐ればよろしいか?」
「いえ、ちょっと違って……! 床に坐っていただいて、こう、もたれるように」
 そこで于禁はようやくソファーの足許にブランケットが敷かれてあることに気づいた。身振り手振りで指示を伝える孫権の必死な様子に、そこまで申し訳なさそうにせずとも、と于禁は思うが口にはしない。
 きびきびとブランケットの上に腰を下ろせば、そのやわらかで心地よい手触りが感じられて、これが“良いもの”であることを漠然と于禁は察した。そのままソファーの腰掛け部分に背をもたれて顔を上げた于禁の視野でなぜか孫権は頬を赤らめている。
「ああ、えーと、片肘を、右で構いません、こう椅子のところに載せてもらって……そうです! それで、足はやや崩して、正座から少し斜めになるように……」
 指示に従いながら、今回は常ならずやけに注文が多いなと思わず苦笑すると、それに気づいた孫権はいっそう顔を赤くして俯き加減になり、「……すみません」とぼそぼそ詫びた。
「いいえ、何も。私はこれが仕事ですから。あとは」
「あ……、それで、顎を腕のところに置いてもらって……ちょっと長時間は向かない体勢ですよね。すぐ終えますから」
「お気になさらず」
 じゅうぶん過ぎるほどに要求を提示してから低姿勢を見せられても、于禁には特に響くものがない。それよりも、自分で自由に取れるポーズのバリエーションにはない姿勢で、参考になるということのほうが大きかった。思えば、孫権からの要求はいつもそうだったような気もする。
「視線は?」
「こ、こちらを見てください」
 すい、と言われた通りに視線を向ければ、当然のように相手のそれとかち合う。同じように床に尻をつきあぐらをかいた孫権は、普段のようにデッサン帳と鉛筆を抱えて、じっと于禁を見つめている。
 碧が焼けているのが見える。真剣なその表情に于禁はいつも己の肌が火の熱に溶かされそうになるように思う。くだらない妄想だ。己の行為も、彼の研鑽も、仕事上の関係の域を出ないのに。
(曹操殿が仰った。あやつは、とことんおぬししか指名せぬ、と)
 途中休憩を挟みながらもたっぷり一時間、孫権は丹念なデッサンを終え、礼を言われると同時に于禁はそれまで折り畳んでいた足を思い切り長く伸ばして息を吐いた。
「本当にありがとうございました。よければ何か飲み物を召し上がって行かれませんか?」
 腕時計を確認し、まだ夕刻まで少し時間があるのを見て、于禁はありがたく申し出を受けることにした。いくつか飲み物の種類を挙げられ、そのなかにあった焙じ茶を頼むと相手はどこか喜ばしげに口の端を上げて「すぐに」とばたばた部屋を出ていく。言葉通りに彼は数分と置かず戻ってきたが、その手にあったカップに入っていた焙じ茶は確かに熱く、ひと口飲めば臓腑に染みるような味わいがあった。
 共に喫茶を楽しみながら、焼けた碧い眼差しのままの孫権は今回の作品を半年後の公募展に提出する予定であると述べた。そして、よければ観に来てほしいと。社交辞令と捉えた于禁はぜひにと頷き、ちょうどカップが空になったこともあって、その話題を最後に彼のアトリエを辞去した。
 帰路、どのように案内が来るのか疑問に思いはしたが、半年後の于禁の手許には事務所を通して公募展の案内とチケットがきちんと届いたのだった。
 訪れてみて、于禁の内心は驚きに満ちることになる。彼が半年前寄りかかっていたリネンのソファーは、地面に臥したまま鋭くこちら側に睨みを効かせる虎の巨体に置き換わっていた。そして同時に得心もする。なるほど、であれば自然な構図には違いない。だが、虎の背にもたれかかる己の表情はどことなく儚げにすら見え、あの日モデルとなったのは自分ではない誰か別人だったのではないかと錯覚しそうにさえなる。
 何より気がかりなのはこちらを睥睨する虎の眼差しである。于禁はこれを知っている気がした。ブロンズの瞳が会場内の照明を受けてぎらぎらと乱反射しているように見える、この、碧――
 思わず目を逸らすと、台座の隅にひそりと貼られてあったキャプションボードが視界に入った。そこにあったあまりに明け透けな一文字に、于禁は結局、己が当惑から逃れられないことを思い知らされるばかりであった。
 『恋』。

[デッサンモデルと見習い彫刻家 おわり]


(現パロ)

「…………孫権」
 于禁が彼に声をかけたのは、その車が走り出して三時間が経ったときのことだった。人家の少ない下道をひたすら西へと進む暗い夜。ヘッドライトの明かりは心許ない。
「代わろう」
 何を、と于禁は言わなかった。バックミラーに縁取られた空間で、孫権の眼がちらりとだけ横を見る。
「いや、大丈夫だ。もう少し走れる」
「そう思っても疲れは唐突に来るものだ。先ほどから少しふらつきがある」
 四角四面な彼らしい運転技術への口出しに孫権はふと口の端を上げる。「手厳しいな」彼は笑った。「だが、本当に平気だ」
「孫権。私は戻ったりなどせぬ」
 于禁は言った。
「来た道を。お前が現れたときから、もう決めていたことだ。運転を代わろう」
 言葉を重ねた彼は、そうしてそっと孫権の二の腕に触れた。
「どこへ行くのかだけ教えてくれ。これよりは、私とお前の二人きりだ」
 アクセルが緩み、少しずつ車のスピードが落ちていく。その内心とは裏腹の冷静さでウインカーを上げた運転手はゆっくりとブレーキを踏んで路肩に車を停め、それからハンドルに額をつけた。
「……はあっ」
 熱い嘆息と共に、彼の膝に水滴の跡がいくつも落ちる。孫権の足がブレーキを踏み込んだままなのを信頼して、于禁は彼の左手でギアをパーキングに入れた。助手席から手を出すなどと、したこともない行為だった。
「ううぅ…………」
「孫権。大丈夫だ」
 そのとき、対向車線を西から東へ過ぎ去る車があった。于禁はその光の軌跡を横目に追いながらふと思う。
(どこへ行くのだろう、こんな夜を)
(光は、考えがあるから走るのだ)
(目指す場所があるから)
 静かに孫権が体を起こす。于禁はその肩を撫ぜてやりながら、努めて彼を安心させるよう、ぎこちなく笑んだ。それを見た孫権も泣き濡れた瞳を緩く笑ませる。
 これからもきっとこうした日々の連続だろう。二人は多くのものを捨ててきた。過去を振り返る、そのたびに誰かのために滂沱して、己のために莞爾するだろう。
 彼らはめいめい車を降り、ヘッドライトのなかで数瞬抱き合った後に離れ、于禁は運転席へ、孫権は助手席へ再び乗り込んだ。
 座席を直し、ブレーキを踏んで、ギアをドライブに入れる。ウインカーを道路側に上げ、サイドミラーを確認して、于禁はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
 遠くの道路を、同じように走り去って離れていく光がある。
「どこへ行くのだろう」
 車窓の向こうをぼんやりと眺めながらぽつりと孫権は呟いた。
「向こうも同じように思っているだろう」
 于禁がそう返すと、孫権が小さく笑った気配があった。
 人家の少ない下道をひたすら西へと進む暗い夜。遠ざかる赤いライトはやがて緩やかなカーブの先で、見えなくなった。

[駆け落ち おわり]


(モブ→権于/現パロ/モブ視点)

 ああ、眠いなあ。のそのそと起き出した俺は昨日出し忘れたごみ袋を携えて部屋を出た。外廊下から見る東の空はほのかに明るい水色で、眼下の桜並木が赤く染まっている。
 エレベーターホールからこちらに向かってくる人影が二人分ある。一人は隣に住む孫さんだ。俺が角部屋だから唯一の隣人、時々出勤時間が重なって挨拶をする。彼が普段している、長い髪を頭の上でひとつ結びにして残りの髪を肩に落とすヘアスタイルは俺の好きな髪型のひとつだ。爽やかな笑顔も相まって、気さくに話しかけてくれる彼にときめきながら「俺って男でもいけるんだなあ」と自分で自分に感心したのが去年の夏。以来、あわよくばお近づきになりたいと思っていた相手だった。
 ……が、もう一人、孫さんの隣にいる男。そんじょそこらにいる人間より遥かに上背があってガタイもいい。明らかに鍛えている。孫さんよりもだいぶ歳が上な気がする。そして、孫さんは男に親しげに体を寄せていて、にこにこと横顔でもわかる愛らしい笑顔を向けている。男のほうも孫さんを見下ろして、髭を生やした口許に薄い笑みを浮かべている。
 年上の彼氏にしか見えない。俺はすっかり目が覚めていた。
 最初に俺に気づいたのはもう一人の男のほうだった。彼がこちらに向かって軽く頭を下げたことで孫さんもやっと俺に気づいて、「おはようございます」と普段のような明るい挨拶をしてくれた。そう、孫さんの態度は何も変わらないのに、社交辞令を感じてしまって勝手に寂しくなる俺を許してほしい。
「おはようございます……」
 それきり言葉は交わさなかったが、すれ違う間際、焼きたてのパンの匂いが俺の鼻をくすぐった。エレベーターホールに進む途上にもそれはまだ残っている。
 あー、パン買いに行ったのか。二人で早起きして。最近下にできた店。俺も寄るか寄るまいか迷って結局毎度人の多さに避けていたところだ。オープンしたてだからしょうがないけど、そろそろ落ち着いてきた頃合いなんじゃないかと思っていた。
「パン食うか」
 ごみ回収ボックスにごみ袋を置いて、俺は独り言を言う。財布を取りに戻りがてら孫さんの部屋の前を通りがかった俺が、その扉を未練がましく眺めてしまったのは仕方ないだろう。今ごろ二人で、とか、昨日の夜は、とか勝手に悶々としてしまうのも頭のなかだけだから、勘弁してほしい。

[パンを買う おわり]


(陸遜メイン)

 ある村に陸遜、字を伯言と名付けられた青年がおりました。彼はまたの名を赤ずきんと呼ばれており、その由来は不明です。
 ある日、彼の雇い主である孫権、字を仲謀が陸遜に依頼したのは、森に住む自身の右腕、呂蒙、字を子明の見舞いに行ってほしいということでした。呂蒙は現在体調を崩して森の小屋に静養しており、彼の後継となる陸遜に目通りさせておくついでに親交を深めさせたいとの意図からでした。
 孫権は出立する陸遜に「くれぐれも森の狼には気を取られぬように」と言いました。聞けば、森には先だっての大規模な狩りで負傷させたものの取り逃がした手負いの狼が一頭いるのだそうです。陸遜は首肯し、一路森の小屋へ向かって進み始めました。
 しばらく行くと森の陰から何やら獣の気配を感じます。腰に提げた二丁拳銃の位置を確認しつつ慎重に茂みを覗くと、そこには確かに傷を負った一頭の黒毛狼が臥せていました。苦しげな喘鳴と彼の奥に伸びる引きずられたような血の跡から、彼がどこかから這ってここまで辿り着いたのだということが陸遜には察せられました。切れ長の瞳が陸遜を苦々しげに見上げ、血に汚れた髭で見えづらくなった口許が小さく動きます。
 陸遜は二丁拳銃を抜き、彼の額に宛てました。
「これ以上の苦痛は無用でしょう。努めて速やかにあなたを絶命させます」
 彼にとっては最大限の慈悲でした。失った血も多いだろうこの狼は恐らく遠からず命を落とすでしょうが、その苦しみを長引かせることは自然の本意ではありません。
 撃鉄を上げた瞬間、声がしました。
「陸遜、待て!!」
 走ってきたのは孫権でした。驚きに後ずさる陸遜の前に立ちふさがった彼は狼の横に膝をつくと、その頬にそっと手を当てて「なぜ」と悲しげに声を発しました。
「于禁。じっとしていろと、あれほど……」
「……人の情けは無用だ……」
「だが……」
 困惑する陸遜の後背から足音がします。
「孫権殿。やはり狼を匿われていたのですね。朱然の言う通りだったか……」
 現れたのは森の小屋で静養しているはずの呂蒙でした。その横には散弾銃を構えた朱然がいます。孫権は悲しみに満ちた碧眼で彼らを見つめ返しました。
「すみません、孫権殿。ですがやはり俺はそいつを生かしておくことは反対です。そいつの血のにおいを嗅ぎつけて仲間が必ず復讐に来ます」
「もう遅い」
 森がざわめき、周囲を囲う低い唸り声たちに草花が震えました。陸遜がはっとして見回すと、狼の一団が彼らを取り巻くようにして身を低く構えています。そのなかで最も身体の大きな一頭、左目の潰れた黒毛狼が、口を開きました。
「そいつを返してもらうぞ。孟徳の命令だ」
「ならぬ、今身体を動かせば命に障る! 頼む、一度私を信頼してくれ……」
「できぬ相談だ。人を信頼などせぬ」
 隻眼の狼が答えたそのとき、群狼の一頭が甲高く吠えました。はっとしてその場の全員が新たな気配を察知します。振り返るとそこに、巨大な角を持った白く輝く美しい鹿がいました。
「呂蒙、そして、孫権」
 鹿は人の言葉で語りかけてきます。
「我が愛する義弟二人の命を奪ったその罪、己が命で贖え」
「貴様は、まさか……劉備!」
 呂蒙がその名を叫んだ瞬間、森の奥から巨大な龍が飛来し、白鹿の周囲をぐるりと囲うように収まりました。隻眼の狼が「復讐鬼となったか」と吐き捨てるように口にします。
「孫権! 貴様の傍にいればますます于禁の命が危うい。返さぬというのであれば殺す!」
「孫権様!」
 村から駆けつけた周泰、練師を筆頭にした戦士の一団が孫権を守るように立ちました。陸遜は二丁拳銃を狼と鹿の双方に向けたまま、身動きが取れません。
「孫権殿、なぜ……!」
 陸遜の問い掛けに、手負いの狼を掻き抱く孫権は苦しげに息を吐き、その腕を真っ赤な血に染めながら、碧眼から一粒涙をこぼしました。
「……彼に、恋をしてしまった……」
「…………ああ……」
 その答えに、陸遜は深く深く、嘆息しました。

[赤ずきんパロ おわり]


(権于)

 浮上する意識の向こうで後頭部に不思議な感触を覚える。ゆっくり、労わるように、指が差し込まれ、動きに従って髪が流されていく……。孫権は覚醒しうっすらと目を開けたが、しばらくじっとしていることにした。後背から己を抱きかかえている于禁が、手櫛で髪を梳いているらしいことに気がついたからだ。
 于禁の手つきは優しかった。武骨で厳粛な普段の彼からは想像もつかない穏やかさで、孫権の髪がいじられている。時折同じようなところばかりを行き来する指先は、だまになった毛先をほぐそうとしているのだろうか。
 うなじがぞくぞくとする感覚に孫権は耐える。己の腹のあたりに回された于禁の左手のあたたかさが、起き抜けの体には僅かに毒だった。恋仲にあるこの男が根っから純朴だとはさしもの孫権も思わないが、とはいえしばしば彼は“無神経”なたちである。
 ふ、と小さな嘆息が後頭部に触れ、そのまま唇の感触があり――
「う、きん!」
「!」
 振り返った孫権はがばりと体を起こして于禁に覆い被さった。彼の両手を自身のそれで制して寝台に押さえつけると、ぱちりと瞬いた切れ長の瞳が朝の光の色に染まっているのが眼下に見える。彼はそうして、うっすらとそれを細めて微笑んだ。
「起きていたのか。おはよう」
「ああ、おはよう」
「起こしてしまったか?」
「いや、気持ちよかった」
「ふ、」
 滅多に見られない穏やかな笑みを浮かべた厳つい面に、孫権は見惚れる。
「今日は朝議もない。もう少し休め」
「……それだけか?」
「ん?」
 孫権は期待のこもった眼差しで于禁を見下ろすが、彼はその真意を解せぬといったふうで、やはり微笑のまま孫権を見上げている。
 観念した孫権は彼の両手を解放し、その大きな胸板に顔を埋めた。
「二度寝する」
「ああ、わかった」
 于禁の手がまたしても孫権の髪をくしゃりとかき混ぜる。その大きな手のひらに、かなわないな、と孫権は内心で白旗を上げて瞼を伏せた。

[二度寝のお誘い おわり]
包容受けの権于。一緒に二度寝してほしい権于。


(権于/付き合ってないけど事後)

 言い訳はするだけならば容易いが、于禁にとってはそうではない。そもそも彼は生来言い訳をせぬ男だった。
 未だ寝台のうえで寝こけている赤い髪を横目に、頼りない灯火の下で于禁は脱ぎ散らかされた二人分の服をちまちまと拾っていく。これだって普段の彼ならばできないような所業である。なぜこんなことになってしまったのか、と問われれば、なるべくしてなった、と答えるよりない。望んでいたのか、と問われれば――
「ん……」
 寝台の上の赤い髪が身じろぎし、剥き出しの肩が腕を持ち上げる。程なく彼はがばりと起き上がり、その碧い双眼が寝台の外に立っていた于禁を見つけた。
「すまない、寝過ぎたか?」
「いや、まだ然程時も経っておらぬ」
 于禁の言に彼は窓の向こうに目をやり、その黒々とした様子にほっと息をついた。次いで于禁が差し出す自身の分の着物を受け取る。灯火の下で彼の裸身にかかる影が揺れる。
「早く戻れ。今ならばまだ皆も訝らぬであろう……宴も、散会しておらぬやもしれぬ」
「あ、ああ」
 寝台から立ち上がり緩慢に着物を着出す彼は時折、于禁をちらちらと見遣る。物言いたげな視線だったが于禁はそれを黙殺することにした。自身はすでに着替えを終え卓につき、彼の支度が済むのを待つばかりである。
「……于禁、殿」
 控えめに声がかけられる。いつの間にか落ちていたらしい視線を卓上から上げると、于禁をじっと見据える碧い双眼がそこにあった。
「お体は大事ないか」
「…………ああ。平気だ」
「そうか、ならばよかった。だが、無理はしないでくれ」
 はにかむように彼は笑い、于禁はそれに応えて頷く。
「于禁殿は宴には戻らぬか」
「戻らぬ。元よりもう休むつもりだった」
 于禁の返答に彼もまた小さく首肯する。そうして、ゆっくりと後ずさった。
「では、失礼するとしよう。おやすみ」
「……ああ」
 室を出て行った彼の足音がすっかり遠ざかってから、于禁は卓に肘を突き、両手で顔を覆って長い息を吐いた。
 普段通り、二杯程度を乾かして席を去るつもりだった。回廊から見える月は普段よりも低い位置にあってずいぶんと丸く赤く、しばらくじっと見つめてしまった。後背に聞こえた足音が振り返る間に己に並び、于禁は眼下に燃えるような赤い髪を見た。
『良い夜だな』
 事もなげに口にする彼に、言葉ではなく首肯で返す。しばらくの沈黙の後、欄干に置いていた手に手が重ねられ、その熱が于禁の冷えていた手の甲に滲んだ。上目遣いに見上げてくる碧眼に赤い月が映っている。
 ――気がつけば、二人はそこにいた。

 翌日の刺すような朝の光に耐えながら、于禁は回廊を進む。朝議がないために宮城を行き交う人々の歩みもどこか散漫で、昨日の酒精が空気に残っているのかもしれないとさえ思う。
 己はどうだったろう。たかだか軽めの酒を二杯空けた程度で翌日まで残るほど酩酊はしない。他方、彼はどうだったろう。自身の酒乱を省みて、このところは控えていると友人相手に笑いながらのたまっていた彼は。
「孫権殿、昨日、宴の途中で席にいませんでしたよね?」
 明るい問いかけが曲がり角の向こうから聞こえてきて于禁は立ち竦んだ。何も知らない軽やかな足音が近づいてくる。
「ああ、酔い覚ましに少し外へ」
「えー? 結構早い時間にいなくなってませんでした? しかも茶でいいからって全然飲まなかったじゃないですか」
「そうだったか?」
「そうでしたよ。でも、俺も酔ってたからな」
 忘れてるのかも、という哄笑と共に、声の主たちが曲がり角から現れた。于禁の存在に気がついた彼らが朝の挨拶を投げかける。同じように返して、于禁はそのうちの一人を見た。相手も、于禁を見ていた。
 碧い双眼が細められ、その唇が音を出さずに小さく動く。
『また今度』

 ――彼が、言い訳をしてくれさえすれば、于禁はこの夜のことを金輪際忘れるつもりでいた。酒に酔っていた、気の迷いだった、そんなことを口にしてくれさえすれば。
 
 忘れられないではないか、あの熱を。

 会釈をして、二人の脇を通り過ぎる。そのとき不意に――そう于禁は思いたかった――互いの小手が触れ合って、小さな金属音を立てた。
 指先が、絡んだ。
「……失礼」
「いや、こちらこそ」
 言い訳もせずに離れていったそれを追うこともなく、于禁は大股でその場を辞去する。
 焼けつくほどの碧い視線が当てられているかのように、じりじりとうなじが痺れて痛んだ。

[赤錆・碧落 おわり]


(権(→)←于/現パロ)

 孫権から日頃の礼にとドリップコーヒーを詰め合わせたギフトが届いた。朝、出勤後に昨日手配した旨の連絡をもらったが、まさかその日の夕方には配送されるとは思わず、受け取り連絡と併せてメッセージを送ると、孫権自身もそれほど早く届けられるとは思っていなかったようで謝罪された。咎めるつもりはなかったため重ねて礼を述べてやり取りを終える。しかしそこでふと、よくよく思い返せば”日頃の礼”にも謂われはないような気もして、早急に返礼せねばなるまいとPCを立ち上げてめぼしい贈答品を探すことにした。
 その供にと早速ひとつドリップパックを開けることにする。パッケージの説明を見れば、国内の特徴的な都市をモチーフにしたブレンドを詰め合わせているらしい。全十二都市の各四パックで計四十八、あまりに数が多く五分は悩んだが、結局あの男の住んでいる街のブレンドにした。
 ここ最近は多忙のためにこうしてゆっくりコーヒーを嗜む時間も取れなかったが、そう考えるとずいぶんと都合の良いときに届いたものだ。職務上の連携があって互いのプロジェクトが小康状態になる時期はある程度把握できていたが、その折々でこのような心配りをしていては不要な心労も増えるのではないだろうかと余計なことまで気にかけてしまう。
 だが、こうした細やかな気遣いもあの男の魅力のひとつといえるだろう。決して緊密な関係というわけでも、親しい友人関係にあるわけでも、また頻繁にやり取りを交わすわけでもない私のような仕事相手にまでそれをする必要があるかということには疑問もあるが、私自身はあの男を少なからず好ましく思っているため、ありがたく受け取っておく。距離が空き、時間が空くほどに、いずれこうしたやり取りも失われる。我ながら刹那的な物思いに耽ることも増えたものである。
 沸いた湯をドリップパックのうえにゆっくりと注ぎ入れていく。ぷくりと膨らむ色を濃くしていくコーヒーの粉がそのまま私の心象風景だった。それなりに長く生きてきて初めて経験する情動に戸惑いはあったが、対処方法はわかっている、何もせずにおればよい。何も言わず、何も行動を起こさず、ただじっとそれが過ぎ去るのを待つ。乾いた粉のうえに数度に分けて湯が注がれきり、抽出を終えてカップに溜まったコーヒーを飲み干して空にする、それをこれから、折に触れて四十八度、繰り返す。
(…………長いな)
 自嘲気味に思わず口の端を上げてしまった。
 コーヒーが注がれ終えたカップを手に、PCの前に戻る。贈答品の類いに明るくないために、また相手とは大なり小なり年代の違いもあるためにどういったものを返せばよいのかも皆目見当がつかないが、少なくとも消費できるものがいいだろう。肉がいいか、魚がいいか、菓子がいいか、こちらの街の特産物がいいか。色鮮やかな贈答品のラインナップに、コーヒーのブレンドの種類を選ぶのにも五分かかった自分がこれという品を決められるのはいつのことになるかと苦笑して、コーヒーを一口飲む。あの男は、これほど膨大な品数からもさして手間取らずにひとつを選ぶことができただろう。きっとこうしたことには慣れているのだろうから。

 ◇

【新着メッセージ(1)】

Subject: ありがとうございます
From: 孫権仲謀
To: 于禁殿

于禁 文則 様

ギフト受け取りました。そのようなつもりはなかったのですが、ありがたく頂戴します。山東料理はこちらでは食べる機会が少ないから嬉しかったし、とても美味しくいただきました。次はぜひ本場のものを食べに行きたいと思っているのですが、そちらを訪れるのにおすすめの季節はありますか?
それと、もしよろしければ、今度の会合の後にでも共に食事に行きませんか?今回の返礼へのお礼というわけではなく、単に私があなたと一緒に食事をしたいというだけなのですが…無理にとは申しませんので、ぜひご一考いただければ幸いです。
では、一度お礼まで。
またお目にかかれる日が楽しみです。

孫権 仲謀 拝

[あなたの心に居座る方法 おわり]


(権→于/現パロ)

 朝、モバイルのラジオを点ける。明るいが起き抜けを邪魔しない穏やかな声が、大陸の天気を告げている。西から東までの時差を思い、北から南までの気候差を思う。大陸は広く、人は小さく、細胞のひとつひとつに命がある。遠くから見ればどこにも境界線はないのに、今日もどこかで誰かが傷ついて、昨日の夜を眠れずに過ごしながら、地球は回る。
 私の住む街は雨。ところにより雷を伴うでしょう。夕方には止み、夜には晴れるでしょう。気温は高く蒸し蒸しした一日です。あなたの住む街は晴れ。晴天が一日中続くでしょう。気温が上がり、昨日よりも三度から五度ほど暖かくなるでしょう。上着が要らない陽気です。
 あなたの空が晴れて明るいならそれでいい、とは思えない。できるだけ誰のうえにも悲しみが降らないでほしい。そうは思っても私はひとりで、あなたもひとり、誰も皆ひとり。ひとり分の空に、ひとり分の雨が降る。
 山東、泰安、今日は晴れ。上着要らずの陽気の下で、そろそろあなたもネクタイを緩めて。それでもあなたの履くスラックスの黒は光を集めて。
 蒸した街にいる私のことを、少しだけ思って。

[君の住む街 おわり]