夜明けは常に東から訪れる。

前を歩く彼の覚束ない背は、
朝の強い光に溶けて消えてしまいそうなほどの存在感である。
しかし彼自身の足はゆらり、ゆらりと揺れながら、
草の感触を確かめるように進んでいく。
風が、彼の頭巾の紐を宙に遊ばせる。
その濃い色だけが奇妙なほどに際立っている。

彼の白い髪が、生まれ来る太陽の光線を浴びていっそう美しく輝いている。
その尊い一本一本を本当は私はいつまでも己の手で、指先で梳いて撫ぜていたい。
叶わぬのは彼が望まぬからだ。
彼の色の薄いまなこはいつも私を拒絶するように見つめ返す。
そのたびに私は罪深い己の所業をかえりみる。
触れることすら許されぬ像に焦がれ、己の身を掻き毟る。

少しずつ、色鮮やかになっていく空の下で、彼は静かに東を向いた。
その緩慢な動き、光を湛える彼の縁を僅かでも見逃すまいと、私はそれを注視する。
ぼやけた輪郭が彼の憂いを帯びる横顔、その鼻梁に神聖さをもたらしている。
私は彼に手を伸ばしたくて、しかしそれすらできずにただただ息を詰める。

変わらぬことの居心地の良さに甘え、私は彼を夜に閉じ込めてしまいたい。
空に満ちる星の言祝ぎを受けてぼんやりとした光を放つだけの虫になりたい。
全ての知性と全ての野性に愛されて、ただ生き続ける時を夢見ている。

たおやかに彼が振り返る。
その顔の角度さえも私には何か素晴らしい風景のように思える。
きれいですね、と彼が言った。
そうですね、と答えた私の声はかすれていた。

穏やかに逸らされた目線が再び暁天に向けられる。
私はそのまなこに張られた涙の膜にばかり目を凝らしている。


夜明けは常に東から訪れる。
そして私はそれを押し止める術を持たない。


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