瞬きをする間にもふいと消えてしまいそうな人だ。神仙ではないのだからそんなことはないとわかっているのに、いつでも視界に置いて片時も目を離していたくないと思ってしまう。過ぎた願いだ。この人は遠くない日に必ず私の許から去っていく。
 壮年のころは威厳もあったのだろうその肉体は虜囚の経験を経てすっかり衰えてしまったと私には見える。もとより生気のない落ちくぼんだ頬をこの人はどうする気もない。出された料理はどれも美味いと言うこの人の言葉におそらく偽りはないだろう。ただ、そこに心はこもらない。眼差しに熱がこもることのないのと同じで。
 ぬくもる、冷えるというごく自然な営みから解き放たれてしまったかのようなこの肩に、私が掛ける外套。私が羽織っていた、かつて熱をもついきものだったもの。奪われたいのちで彼の皮膚をぬくめてほしい。その手触りに私の魂魄が乗り移る。彼の肩を抱く私の腕。彼の胸に触れる私の胸。赤い血が拡がって、彼の体内に沁みていって底に凝ってしまえば、彼の足を地面に固めてしまえるのに。