短文をまとめたページです。
きらきら星(于禁+昌豨+α)
絹絵の中の男(孫権→于禁+曹不興/登場人物の死亡描写あり)
朝が来るぞ(孫権+于禁)
ギフト券についての妄想(権于と創作キャラたち/今様込みのしっちゃかめっちゃか)
しゃっくり(権于)
飛頭蛮(于禁+α)
夏衣(孫権→于禁)
光のみぞ(孫権→于禁)


(于禁+昌豨+α)

 ふたつの星が輝いている。私の遙か頭上で。
 大河を挟んで私は旧い友と向き合う。面は見えぬが、彼が微笑んでいるのがわかる。
 あの星たちが見えるか、と私は問うた。
 見えぬ、と友は答えた。だが、と彼は続ける。私からはお前が見える。お前が星だ。星だった。
 その言葉は私を打ちのめし、同時に歓喜させた。
 私に見えているあの星たちは動かない。南天最も遠く最も高いところで、じっとして地上を見下ろしている。
 いつか暗い夜道をふたり歩いたろう。友は独り言のように語る。荒れた道を。あのとき、小さな灯火を片手に、ただ北辰を目がけて私たちは進んだな。だけど私にとって一番の恃みはつないだお前の手の熱だった。畢竟、灯りは自分の手のなかにはないのだと、気づける人はそう多くないんだ。
 ああ、若かった。私は返す。つないだ手を二度と離せないと思ってしまうほどには。
 友の笑う吐息が川面を揺らし、その波紋が私の足許に触れる。
 お前は幸運だった。
 友は言った。私は――ためらいながら、首肯する。
 お前の見ている星々のことを教えてくれるか?
 問われた私は友から視線を逸らし夜天へ向け、ほうとひとつ嘆息した。
 ひとつは碧い。若い。何より大きく見える。星群の中心にあってひときわ強く光っている。ひとつは赤い。恐らく年老いている。しかし明瞭な輪郭で鋭く光っている。
 それはいい。友は言う。お前の恃みになる。
 ああ。私は答える。涙がにじみ、声が震えた。
 お前に話したいことが、たくさんある。
 楽しみにしているよ。道中気をつけて。暗くて足許が覚束ないからな。
 平気だ。お前がそこで待っていて――あの星たちが、私の上で輝いているから。
 私の言葉に、友はやはり微笑んでいる。そうだ、若かりし時分から、私は泣いて、友は微笑んでいたのだ。
 いくつかの手を離してきた。多くの手を掴まなかった。私は一歩踏み出した。
 あの光が、あの熱が、いつだって私をひとり、確かに歩かせてくれた。

[きらきら星 おわり]


(孫権→于禁+曹不興/登場人物の死亡描写あり)

 呉主孫権の傍らには二人の著名な絵師があった。一名は曹不興、一名は呉主側室の趙夫人である。
 このうち曹不興は人物や獣のような生き物の絵を特に得手としていた。あるとき孫権が屏風に虎を描かせると、誤って墨をその上に落としてしまったが、少し手を加えて蠅の絵に変えてしまった。完成した屏風を見た孫権は本当に蠅が留まっていると見てそれを手で払おうとしたという。
 曹不興の技術にいたく感動した孫権は今度、自身の寵愛する夫人一名の絵を描かせた。後宮にて直接夫人に引見するという異例にも関わらず曹不興は臆することなく彼女を描き上げ、その巧みさに孫権はますます曹不興の才を愛するようになった。
 程なく孫権はある男の絹絵を曹不興に依頼した。彼の人自身は既に江南を離れているために己の口伝で描いてもらえないかと孫権は乞い、曹不興は引き受けた。男の見目について口伝えに語る間、孫権は何度も嘆息し、ときに堪えきれず涙した。そうして完成した絹絵を深く胸に抱く孫権の姿を、曹不興は決して余人に漏らすことはなかった。白髪痩躯、伏しがちの目許は落ち窪み、無精髭を生やして素服に似た白衣をまとった壮年の男の絵であった。

 神鳳元年春四月。二月前に皇后潘淑の急逝により改元が行われたが、このところ寝たきりの時間も多い孫権自身も永くないのではないかという噂は宮城全体に凝っている。
 二十三日の未明、孫権の寝室前に控えていた若い親近監らは室内よりぼそぼそと声がするのを聞いた。孫権の寝言だろうと耳を澄ませば、なんと孫権の他にもう一名分、別の声色がある。すわ侵入者かと驚き室内に駆け込むと、そこには龍床に眠る孫権ただ一人の姿があるのみだった。怯懦に周囲を検分するも当然他の出入り口はなく、不審な影のひとつもない。ただ孫権の枕許の壁に掛けられた一枚の絹絵があり、赤衣の壮年の男が孫権を見下ろすように描かれているのが見えた。

 翌日に孫権はいよいよ危篤となり、諸葛恪ら数名に後事を託すと、翌二十五日、齢七十一にて崩御する。
 後日、孫権の後を継いで即位した二代皇帝孫亮は、亡父の寝室にてその枕許の壁に掛けられた一枚の絹を見た。白無地のその由来について孫亮に問われて答えられるものは臣下のなかには誰もなく、不要として降ろされたそれは下男の手によって倉にしまわれたまま、やがて行方知れずとなった。

[絹絵の中の男 おわり]


(孫権+于禁)

 夜になると将軍のお姿が見えなくなる。真っ黒な影になり、そこにいるのはわかるのに、将軍であるとわからなくなる。彼の輪郭を留めておきたい一心で灯火を絶やすまいとしても、ほんの一瞬の瞬きの間に、あるいは夜の音に気を取られる間に、あるいは――将軍ご自身の真っ黒な手に眼前を覆われて、火が消える。
「螟懊↓縺ッ逵?繧翫↓蟆ア縺上b縺ョ縺ァ縺励g縺」
 将軍はごく穏やかな声でそう仰った。
「螟ェ髯ス繧ゅ∪縺溘◎縺ョ縺ッ縺壹〒縺吶」
 闇のなかから漆黒の影が私を諭すように語りかける。
「……ええ、その通りだと思います」
 私は答え、目を伏せる。そうすると、そこに控えめに微笑む将軍のお姿が見える。銀の御髪を月の光にひかめかせ、痩けた頬の陰影が美しい。
「莠悟コヲ縺ィ逶ョ隕壹a縺ェ縺上※繧ゅ>縺」
 私が言うと、将軍の薄明るい瞳が私を見た。
「縺ゅ↑縺溘?縺雁ァソ繧堤蕗繧√※縺翫¢繧九↑繧」
「…………そんなこと」
 言い募る私に眦を細め、莞爾する彼はゆっくりと、告げる。
「あなた様には、できませんよ」
 夜の果てで、雄鶏が鳴くのを私は聞いた。

[朝が来るぞ おわり]


(権于と創作キャラたち/今様込みのしっちゃかめっちゃか)

【経緯】ギフト券(食品)の案内を見る機会があったのですが、
・ご依頼主様からご用命があってお届けするよ
・商品代とか配送料とかそういうのは全部ご依頼主様からもらってるからお受け取り先様の負担はないよ
・同封のカタログからいいの1個選んで注文書出してね
・弊社はこれこれこういう企業努力をして、皆様に安心安全の商品をお届けできるようがんばってるよ
・お気に召していただけると嬉しいな
というようなことが書いてあって、「その手があったか!」て顔して膝を打つ、一般企業の企業努力を楯にするタイプの孫権。

質「わあ、これ、武昌の点心がおいしいお店ですよ!」
于「有名なのですか?」
質「はい!」
于「では、どうぞ文正どのに」
景「恐れながら将軍、孫公はあなた様に送るためにこちらをご用意いたしました。将軍ご自身で商品をお選びいただくのが道理かと」
于「…………(しまった……)」
景「…………(じっ)」
于「……わ、わかりました……」
景「(にこ!)」
于「…………では、こちらの商品に」
質「(割とすぐお決めになられたな)……お豆腐プリン? 八つも食べるんですか?」
于「ま、まさか。今度孫公と親近監の皆様がいらっしゃったときに皆で共に食せるようにと。お豆腐ですから文正どのもいただけますし」
質「(←卵アレルギー)えええ~~将軍……! いいんですか……! ありがとうございます!」
景「…………将軍」
于「わ、私が決めましたので」
景「……では、注文書を投函してまいります」
于「(ほっ)よろしくお願いします……」

[後日]

権「こんなつもりではなかったのですが……(お豆腐プリンうまし)」
于「皆で食したほうが美味しいかと(お豆腐プリンうまし)」
権「抱きしめていいですか(お優しいのですね)」
于「えっなぜ……だめですよ……」
権「!!」

[ギフト券についての妄想 おわり]


(権于)

于「ひっ……すみませっ、ん」
権「しゃっくりですか?」
于「はい、朝からとまっ、くて、……お恥ずかし、っい……」
権「いえいえそのように仰らず。ところで将軍」
于「はい、っ」
権「好きです」
于「」
権「あなたを北に還したくありません」
于「」
権「止まりましたか?」
于「…………、…………あ、止まりました」
権「よかった! 以前私も驚かされて止めてもらったことがありましたので」
于「…………ありがとうございます…………」

[しゃっくり おわり]


(于禁+α)

 あるとき孫公が、彼の臣下の家に雇っていた女中に「落頭民」がいたというお話をなさった。聞けば夜になると首と胴が離れ、胴は布団を被って眠っているのに首だけが耳を翼にして夜明けまで飛び回っているのだという。「落頭民」はそれが天性のものであるということだったが、その臣下の方は恐ろしくなって女中を自由にして外へ出したのだという。
 その夜、私は、眠っている私の頭上に旧友の首が悲喜こもごもの風情を醸しながら飛び回るのを見た。翻って床を見下ろせば、布団を被って眠る私の胴体に首はなかった。

[飛頭蛮 おわり]


(孫権→于禁)

 訪問して開口一番に暑いですねと言えばこくりと小さく頷く于禁は薄手の白い夏衣を細った体に二枚重ねて着込み、その上から藍染の上衣を羽織っている。春の終わりにこれからの季節のためにと孫権が贈った着物のうちのひとつで、彼は特にこの藍染の上衣を羽織る于禁のことが好きだった。初めのころはあれやこれやと画策して様々に贈与品を差し出したものの、生活必需品の他を于禁が固辞したために今では季節用品を提供するに留まっている。孫権は于禁の嫌がることをするべきではない。
 二人して並んで坐す正庁の、榻の漆黒が藍によく馴染み、木造の屋内から明瞭に于禁を浮かせる。素地では彼がどこかへ溶けてしまう。
 家宅に四方をぐるりと囲まれた中庭の緑は夏らしく陰の色と共に濃い。東西の窓が開け放されているのだろう、時折涼風が邸内を渡り、緑と于禁の白髪を揺らす。いい風ですねと隣を見れば孫権の動きに気づいた于禁も彼を見てまたひとつ頷く。影が落ちれば土気色にさえ見える首の根許にくっきりと浮いた血管の薄い青が水脈のように見える。
 于禁が顔を戻して庭に向き直り、孫権がこそりと不躾に彼の輪郭を目線でなぞっていたとき、形の良い耳の裏からつうと一筋汗が伝った。乾いて皺が寄った首筋を巡り、水脈を通り細った幹に一縷の線を描いて、白い夏衣の衿を辿って――孫権が意図して見ないようにしていた着物の下の浮き上がった鎖骨を越え、ゆったりと合わせられた衿の奥へ消えていく。ごくりと思わず唾を飲んだ喉の音が静寂の満ちる正庁に響きはしなかったか。
 ふ、とひとつ、于禁の息遣いがその本質から外れて鋭く孫権の耳に届いた。熱のこもる体内とは裏腹に涼しげな佇まいを崩さない于禁の、それは僅かな弛みのようにも孫権には思えた。
 みどりの眼球が火照っている。
(孫権は于禁の嫌がることをするべきではない。)

[夏衣 おわり]


(孫権→于禁)

 私とあなたの間に光が横たわっている。
 あなたの竹色の上衣の裾が、頭巾の帯が風に吹かれて靡いている。あの木に花が咲きましたと庭の夾竹桃を示すその指先に光が宿る。
 花の名など知らぬのですとあなたははにかむ。ええ私もですと私は答える。ですがとても美しいと私は返す。そうしてあなたがうなずく。
 人に勝手に名付けられた花が名もなき夏の風に踊る。あなたの上衣を揺らした風に。あなたの白髪が揺れている。薄い光をふちにまとって。
 腕を引き抱き寄せてしまえばあなたの温もりを私の手のなかに得られる。けれどもそのためにあなたに吹く風が、あなたに射す光が失われることに堪えられぬ私の心がある。
 人に勝手に名付けられた花は素知らぬ顔で揺れている。
 あなたは私の前で遠くを見つめる。
 私とあなたの間に光が横たわっている。

[光のみぞ おわり]