MP34で無料配布した謎の小説家さんAUです。

「すみません。これとこれとこれと、あとこれ。二つずつください」
「はいはい。ちょっと待ってね」
 若い声に応えて青果店の奥から初老の店主がひょいと現れた。店先に立っている少年は彼の持っている古いランプを地面に置くと、斜めに掛けた布鞄をあさり始めた。
「どれとどれだっけ?」
「これと、これとー、これとこれ」
 はいはい、と二度返される相槌は彼のくせだろうか、店主は眦を優しくすぼませて少年に示された果物を紙袋に放り込んでいく。季節は春というには遅く、夏というにはまだ早いような幕間の時期で、午後三時の光は色鮮やかな青果店の軒先をやわらかく照らしている。
 少年は己の瞳の青と同じ肌をした果物に目を留め、すみませんこれも二個、と店主に付け加えた。彼は紙袋をもう一つ出してきて、少しばかり大荷物になるよ、とからかい交じりに言う。少年もまた笑顔で頷いた。
「すみません、そこの椅子借りていいですか。ちょっと長旅で、疲れちゃった」
 軒先に出ている木製の椅子を指す少年に店主は気前よく是と答える。礼を言って椅子に腰掛けたブルネットを風が優しく揺らし、少年は気持ちよさそうに瞼を伏せた。
「どこから来たんだい? 長旅にしては随分軽装に見えるけれど」
「あ、はい。ダンケルクから。友達を探してるんです」
「海の向こうじゃないか。船に乗って?」
 店主の問いに少年は曖昧に首をかしげて返す。それをどうやら肯定と取ったのか彼は、俺は船に乗ったことないからうらやましいねえ、とゆるく笑った。
 二つの紙袋を受け取り、店主に言われた金額を渡した少年は椅子から立ち上がろうとしたが、もう少し休んでいきなさいよ、と促されて再び腰を落ち着ける。青果店のある通りは様々な店が軒を連ねる街の繁華街で、人々の賑わいに混じって聞こえてくるのはこの土地では耳慣れない音楽だった。東に少し歩いたところにある教会の建つ広場で流れの楽団が演奏しているのだ。
 この街を訪れる人々は皆この街に留まることはない。北に行けばかつては陸の果てと呼ばれた荒野があり、その先へ向かう冒険家たちがこの街で最後の準備を済ませたものである。東に立つ教会は結局誰一人として戻らなかった彼らの鎮魂と安寧の祈りを以て建てられたもので、春に東の風が吹けば鐘の音は遥か彼らの故郷まで運ばれていくと信じられていた。
 西には当代きっての大都市がある。この国の多くの者はそこへ向かいそこへ住まう。賑わいは喧騒に変わり、あらゆるものが十全に備わって何一つ過不足のない恵まれた地である。店主も元は都市の生まれだったが、この街に建てられた教会の動機に感銘を受けてこの街に移り住んだもので、旧い友人たちからは変わっているねと言われた過去がある。
 南には海がある。そして港町が。この国の外へ行く者は皆その港から船に乗って出て行き、この国へ帰って来る者は皆その港へ乗りつけた船から降りてくる。今、青果店の軒先で椅子に坐って風に吹かれているこの少年もそうであろう。帰って来る者は皆、この国の外で得た事物をこの国に持ち寄った。それは技術や文化、人や生き物、自然や感性など様々だったが、為にこの国は間断なく発展を続けてきた。ほとんど多くの人々はそれを誇りに思い、面に充足を浮かべて今を生きている。連綿と続いてきた歴史はなお弛まず紡がれていて、百年後も変わらずそうであるのだ。
「何を観てきたんだい?」
 店主は問うた。己よりも二回り以上も歳の離れているであろうこの少年が、己の与り知らぬ何かを己の見知らぬ土地で見てきたのだと思うとそれは途方もない魅力を生んだ。好奇心を隠しもしない彼に、少年は困ったように笑ってみせる。
「特に何も」
「何も?」
 少年の答えはあまりにも意外で、店主は常ならず頓狂な声を発してしまった。頷く少年に店主は、何もってことはないだろう、と詰めるような口調になってしまった己を省みる。
「でも、少しくらい面白いと思うものはあったんじゃない」
 彼の言を謙遜かあるいは満足のいくものに出会えなかったかという意味で取った店主は言葉尻を和らげて改める。少年はというとやはり気まずそうな苦笑を浮かべるばかりで、店主はいよいよ疑問を覚えざるを得なかった。彼の目的は世間一般とはどうやら違うところにあるらしいというのをなんとなく悟り、適当に先ほどの話題のなかから友人の所在についてを引っ張ってくる。途端、少年は嬉しそうに表情を明るくしたので、店主はほっと胸をなでおろした。
「多分ウェイマスにいると思うんです。引っ越してなければですけど」
「ウェイマス?」
 それは店主には聞き覚えのない街の名前だった。しかし少年は彼の様子は気にも留めずそわそわとした様子で、懐かしいなあ、などと独り言のように口にする。
「ちょっと時間が開いちゃったから、すぐに思い出してもらえなかったらどうしよう」
 わずかに虚しさを内包する言葉にも、少年の浮ついた心は喜色を滲ませる。彼はひょいと椅子から立ち上がると、紙袋を抱え直し地面に置いていたランプを掴んで、ありがとうございました、と言ってその場を辞去しようとした。
「ああ、いや、こちらこそ楽しい話だったよ。よかったら君の名前を教えてもらえるかい。それから友達の名前も。見かけたら君が探していたと伝えておくから」
 不安げに店主がそう申し出るのに少年は首をかしげたが、すぐに笑顔になって再び、ありがとうございます、と嬉しそうに言った。
「僕の名前はジョ|


















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