※謎AU。語り手は創作キャラクターです。海組さんほとんど出ません…
※文中に災害描写(津波被害)がございます。閲覧にはご注意ください。


 ブリテン島の南東に“星まがい”という光源が産出される土地があると聞き、興味を惹かれた私はそこへ取材に赴くことにした。聞けば、魚だか貝だか何だかわからないが、とにかく海棲生物の死骸が何らかの理由で強い青の光を発するようになり、それが潮流で当地の浜辺に打ち寄せ、夜には海岸線が真っ青に輝く光景が見られるのだという。あらゆる生物が持つ青い光が死に際に最も強くなることが明らかになったのはもうずいぶんと前の話だが、その光は死の直後には消えてなくなるものだと考えられていた。しかしこの例は、死骸が光を保ったまま陸地に流れ着き、しかもそれが光源として利用されているというのだから面白い。
 当地への到着が夜になったため、私は“星まがい”が当地でどのように利活用されているのかをすぐに目の当たりにすることになった。この町の街灯や家々から漏れる光はすべてかの青い光源から生成されており、それを用途に応じて少量の着色料を使って発色を変えているようなのだった。外灯は青を初めとする寒色、室内灯は橙に近い暖色で、それは夜の闇とも相まってさながら海の底に沈没した船が悪あがきのように船内を照らしているかにも見える。不思議なのは、海岸線にはこの青い光が一つも見えないことだった。“星まがい”は時季によって採取量が大幅に異なるものなのだろうか? 今は初夏だが、そうならばもっと仔細を詳しく調べてから来るべきだったかもしれないと私はいささか後悔した。
 海沿いにある宿を取った私は、早速そこの主人である夫妻に“星まがい”について尋ねた。二人はずいぶんと悲愴な面持ちで、もう三月も“星まがい”は採れていないと言う。その姿を見ることすらもなくなってしまったのだ、と。ということは“星まがい”の採取は季節性のものではないということだ。どちらにしろ私が都合の悪い時季に来てしまったことに違いはなかったが。
 なぜ“星まがい”が見られなくなってしまったのかと訊くと、二人はわからないと答えた。そして、少しだけばつが悪そうに目線を合わせた。もちろん私はその表情の変化を見逃さなかったので、では三月前に何かあったのかと問いを重ねると、二人はどうやら言いたくて仕方がなかったようで、あったと返した。私はせっせとノートを持ち出し、身を乗り出して二人の話を聴くことにした。幸いにして、その日の宿客は私以外にはなかった。

 三月と十日前、“星まがい”を採る網に海から流れてきた男が掛かった。漁師たちはたいそう驚き、やれ死体か、やれ“星まがい”の新たなフィラメントかと盛り上がったが、男に息があるのを確認すると急いで町の小さな病院に運び込んだ。三日昏々と眠り続け、四日目に覚ました男を介抱していた二人の少年は、その瞳に“星まがい”の輝きを見たという。正確には“星まがい”が光を放つときの死骸の色だそうであるが、とにかく男の持つそれはアイスブルーに近い薄い青色だった。
 男は自身の素性を一切覚えていなかった――というよりは、知らないといったふうであった。行く宛てもないだろうしうちで世話になるかと申し出たのは病院の院長だ。彼は男の介抱を担っている少年の片割れの父親で、善良な人間だった。男は初めは遠慮する様子を見せたものの、少年たちの口添えもあって結局院長の家に世話になることにしたそうだ。そもそも海から打ち上げられて三日眠り続けた人間が、起き抜けに知らない土地をどこかへ行けようはずがないのである。
 男はこの町の主要産業である“星まがい”の採取の様子を見て、これはすぐにやめるべきだと主張した。なぜだと一人が問うと、これは異変だと彼は言った。そもそも生き物の光は死ねば消えるのが常套で、死んだ体にいつまでも光が留まっていられるはずがない。死骸がいつまでも光っているのは明らかな異変か、もしくはこの死骸が“本当はまだ生きているか”のどちらかしかないのだ。“死の直前の生”の状態がいつまでも続いているということだ。異変なのであればこれに迎合するのは愚行と言わざるを得ないし、“まだ生きている”のであればこれは生命に対する冒涜だ。君たちのしていることは正しくないと彼はまくしたてた。
 漁師たちは憤慨した。自分たちはこの“星まがい”の採取で生計を立てており、町外からもこの光源を求める声が多数あってそれに応えないわけにはいかない。この数か月は特に採取量がそれまでの倍以上に増えており取引も好調だ。この死骸は確かに死んでいて我々がこれを採取することに何の問題もない。どこから来たとも知れないお前に口出しをされる筋合いはないのだ。
 なおも言い募ろうとした男を必死で抑えたのは二人の少年たちだった。彼らは男をどうにかなだめて片割れの少年の家に戻り、それからというもの男と少年たちは共に行動するようになった。初めのうちは町の産業を批判する男と住民たちの衝突を避けることに懸命だったが、じきに彼らは男の言い分に同調していった。男に何かよからぬことを吹き込まれたのか、それとも彼ら自身の意思であったのか、その思惑は今となっては定かでない。
 彼の言う通りにしたほうがいいよ、きっとよくないことが起こる、それに死体の光をありがたがるなんて変だよ、僕たちずっとそう思ってたんだ、彼らはそんなようなことを言った。住民たちも初めは少年たちの言動をたしなめていたが、次第に彼らのことも邪険に扱うようになっていった。院長は胸を痛め、住民たちに対しては年若いものの言うことだからどうか本気に取らないでほしいと詫び、少年たちに対してはどうかこらえて皆と諍いを起こしてくれるなと乞うた。少年たちはこう返したそうだ。俺たちはあの人が来る前からあの人とおんなじように思ってたよ。
 男が町に現れてから十日目の昼日中、男は粗暴な住民の一人にハンマーで襲われた。頭を殴られるすんでのところで避けたものの、彼は肩を負傷し、そのとき少し離れた場所にいた少年たちは慌てて男に駆け寄り、助けを呼んだ。しかし、声を聞いて駆けつけた住民たちは三人を遠巻きにして誰も助け起こそうとはしなかった。なぜ助けてくれないの、少年の一人が叫ぶと、住民の一人が答えた。お前たちは我々の生活を脅かそうとしている、助ける義理などあるものか。また別の一人が言った。その男と一緒にお前たちも殺して海に放り投げてやる。そうしたらお前たちの死体も“星まがい”になるだろう。高く売りつけてやってもいいんだ。男は少年たちを守るように立ち、まるで呪いのような声で言った。
 お前たちはあまりに愚かだ。かつては星の悲鳴を聞きもせず、与えられた猶予に己のなすべきこともせず、未来の助けを求める声に応じることもしなかった。もうわかった、たくさんだ。二度とお前たちにメッセージは現れない。
 そうして少年たちを両腕で抱きしめた男の背に翼が生え、高く飛び上がった彼らはそのまま海の果てのほうへ飛んでいってやがて見えなくなったという。“星まがい”が採れなくなってしまったのはその翌日からだった。

 それはまた奇っ怪だねと私が言うと、宿の夫妻は全くその通りと頷いた。そして不漁となった現在でも住民たちの間にはもうしばらく待てばまた“星まがい”が現れるだろうという希望的観測が蔓延しており、それがためにこの痩せた地を離れることができないのだと言う。
 話のなかにあった病院について尋ねると、街中から外れ少し内陸に入った小高い丘の上にあると教えてくれた。翌日はそこへ向かうことにして、私は宿の夫妻に自分の連絡先を渡し、何かあったらここへ連絡をと言い置いて客室に引っ込んだ。
 客室の窓からは浜辺が見渡せた。うねるような暗黒が遠く海境まで続いていてぞっとする。“星まがい”の青い輝きでもあればきっと華やかだろうに、今は本物の星すら空になく、水平線の向こうに滲む光が見えるばかりだ。
 しばらくぼんやりと海を見つめていた私の耳に、不意にゴーンと鐘の音が聞こえた。時計を見るともう九時になっていて、こんな夜中にも鐘を鳴らす教会がこの町にはあるのかと不思議に思う。窓を開けて身を乗り出し、暗闇の落ちるなかをきょろきょろ見回していると、再びゴーーンと、今度は少し長く響いた。私は、その鐘の音がどうやら海の向こうから聞こえてきているらしいことに気がついた。
 ゴーーーーーーン。
 私は少しおそろしくなって窓を閉め、さっさと床に就いた。

 翌日は濃い灰色の雲が空から迫ってくるような曇天で、私は傘を持っていなかったことを不安に思いながらも、徒歩で内陸に向かいがてら町の住民たちに話を聞いて回った。“星まがい”について尋ねると、皆一様に沈痛な面持ちで、早く以前のようになってくれればと言う。男と二人の少年たちについて尋ねると眉をひそめ、あるいはあからさまに嫌悪を表し、あいつらのことは口にするなと強い口調で言うのだった。幾人かは申し訳なさそうであったり気の毒そうにしたり――これは主に少年たちの残された家族に向けられたものであったが――するものもあったがごく少数で、私はいささか辟易しながら町の外れに向かった。
 その病院自体には歩いて三十分もかからないような道のりであったが、道々人に話を聞きながらであったため、丘のふもとに着くころには昼を過ぎていた。坂をやっとのことで登り終え、病院の姿を道の向こうに見とめたとき、入り口から病院スタッフらしき数名が出てきた。彼彼女らは私の姿を見ると訝るような表情をしたが、私が院長の所在を尋ねるとうろたえ、実は今朝から連絡が取れないのだと言う。別のスタッフが院長の自宅を訪ねたが鍵も開いておらず、何度か外から呼びかけてみても返答がないらしい。それは心配ですねと言う私に彼彼女らは訪問の目的を尋ねた。院長に三月前の件について話を伺いたかったと正直に述べたところで、私と彼彼女らはまたしてもゴーンという鐘の音を聞いた。昨晩よりも近く、激しく、強い。あっとスタッフの一人が叫び、私の後背を指さした。
 皆がそちらを顧みると、湾の向こうの水平線に黒い線が引かれてあるのが見える。その黒い線はどんどん太く、大きくなっていき、やがて空の灰色と混じり合ってマーブル模様を描き、私がそれを波だと見とめたときにはすでにすさまじい勢いで町からおよそ十マイルもないところまでその壁の如き姿が迫っていた。丘から見下ろす町では人々が異変を察して外に出て来ている。早く逃げろ! 高台に上がれ! 私は叫び、彼らを呼ぼうと坂を下ろうとしたが、スタッフの一人に腕を掴まれて足を止めた。あなたも危ないと言われてしまえば竦んでしまう。丘の上にいる私たちは、時を置かず猛然と町に襲いかかる大津波を口を開けて見ているしかできなかった。

 町を巡る水路を海嘯が我が物顔で登っていく。大津波は三度寄せ、私たちのいる丘の上より三ヤード下の高さまで到達して皆を恐慌させた。私の登ってきた坂は泥や瓦礫、引っこ抜かれた木々や植物、そして正体のわからない何かでそこを通ることもままならなくなってしまった。
 病院スタッフたちは肩を寄せ合って泣き喚き、私は眼下に惨憺たる光景を見下ろしてただただ呆然としている。今朝まで世話になっていた宿の夫妻も、道々会話した住民たちも、きっと助からなかっただろう。
 そのうち一人が、あれはなんだろうとぽつりと言った。その示す先を見ると、黒々した海面に一点、青く光るものがある。
 まさかと私が息を飲むうちにも青い光は湾に、町に、道に、水路に、田園に、丘を巻く坂に、一つ、また一つと増えていき、やがて辺り一帯を覆うほどの数になり、湾に漂っていたそれらは波が寄せるたびに浜辺に打ち上げられた。
 夕暮れが来るころには、町はすっかり美しく青く輝く光で埋め尽くされていた。