第3回ワンライ参加作品(2023/03/04)
【本日のお題(このなかから1つ以上選んで書く/◎…使用したお題)】
◎○○に気づいた瞬間(○○は変換可能)
◎包帯
 パワー全開
◎半袖
◎すべてを賭ける


 好きな子の着ている白いワイシャツの、半袖の下から見えた白い包帯に気づいた瞬間、私の心はねじれ上がった。
 どうしたの? 怪我したの? すごく心配。そんなとこどうやって怪我するの? 自分で二の腕めちゃくちゃ強くぷにぷにしてないと無理じゃない? もしくはめちゃくちゃ的確にそこを変なところにぶつけたか。二の腕ってどこにぶつかるの?
 とにかく、心配だったので、私は彼女に話しかける隙を狙った。残念なことに私とその子はいつも一緒にいる仲良しグループじゃない。小学校のころはそんなのなかったのに、中学校に上がってからいつの間にかそういうのができてしまっていて、そして私と彼女は話す機会がなくなってしまった。同じクラスなのにね。
 朝。挨拶するとき。無理。なるべくみんながいるところでそんな話はしたくない。だって実際、その包帯は半袖のぎりぎりから見えるくらいなんだもん。……私以外にも誰か気づいてるのかな? トワちゃんとか……
 休み時間。移動教室。トイレに行くとき。無理。前述の通り私と彼女は一緒に行動してはいないのだ。トイレは別に、みんな自由に好き勝手行きたいときに行くし。私と彼女のタイミングは同じじゃない。
 お昼休み。給食食べたあと。今週は私の列が給食当番なので無理でした。給食室からの帰りにさりげなく彼女がいつもいる図書室を覗いたら、トワちゃんとホイくんとノートに絵を描きながら楽しそうに何かをしゃべっていた。うらやましい。そう、彼女は、小学校のときも絵がうまかったけど、中学校に上がってからいよいよ才能を開花させて何やら漫画を描き始めたらしいのです。私も詳しくなりたくて本屋さんに通ってみるんだけど、どれを読んだらいいのかもわかんなくて結局逃げ帰ってしまう。サリちゃんは『グレート・カンフー』が、マツリは『桜と君と時々ユーレイ』略して『サクキミ』がおすすめって言うけど、『グレート・カンフー』はなんか絵が……苦手で、『サクキミ』はなんというか……私の読みたいやつじゃなくって。
 そんな話はどうでもいいのだ。
 そんなこんなで私に残されたタイミングはもう放課後しかなかった。今日は月に一回、土日以外の、全校一斉部活がない日なので、チャンスを逃せばあの子はすぐに帰っちゃうかもしれない。
 帰りの会の時間、私は先生、時計、斜め前のあの子の背中を三角睨みしながら歯を食いしばった。
「起立」
 立つ!
「礼」
 礼する!
「ちゃくせーき」
 坐る!
「ソエちゃん!!」
「うわあ!」
 私のあげた大声に、彼女はびくっと肩を震わせて振り返った。まんまるの目が私を映している。
「なっ、なっ、何?」
 彼女――ソエちゃんが訊ねてくる。そこで私は彼女だけではなくクラスメイトたち……と、あと先生も、が、私を見ていることに気づいた。
「あっちょっ訊きたいことが」
「セイノさん、どうかしましたか?」
 先生まで不思議そうに訊いてくるのを首をぶんぶん振って応えると、先生は「急な大声はびっくりするのでなるべく控えてくださいね」と笑いながら教室を出て行った。そうしてクラスメイトたちも散り散りになる。トワちゃん、ホイくん、サリちゃん、マツリは私たちの周りに集まってきた。
「訊きたいこと何?」
「あのー……さあ、ふ、二人きりがよくて……」
 もじもじする私にサリちゃんが「じゃあ私帰るねー」と残してさっさと行ってしまう。マツリもトワちゃんとホイくんを見てから、「んじゃばいばい」とサリちゃんについて行ってしまった。
「ナダさんミヨシさんばいばい。ソエ、私も帰るね」
「あ、うん。ばいばい」
「ぼくもばいばーい。シマさんも」
「あっトワちゃんホイくんばいばい……」
「ばいばーい」
 ……そうして、私とソエちゃんだけが残された。正確にはもうちょっと他のクラスメイトたちもいたけど。
「シマちゃん、どしたの?」
「あのー……ソエちゃんさあ……」
 口にしてしまうとどんなにそれが小さな声だったとしても誰かに聞かれる気がしてそれは嫌で、私は慌ててノートを取り出して走り書きをした。
[包帯どうしたの?]
 私の字を見たソエちゃんは「ホワッ」みたいな感じで驚いて、両手をぱたぱたさせて、それから顔をひたいまで真っ赤にして私を見た。
 かわいかった。
「え、え、なんで気づいたの……」
[ぐう然見えた]
 嘘です。じっと見てました。
 ソエちゃんは口許に片手を持っていって焦ったように振りながら、目をきょろきょろさせている。
[ケガしたの?]
 私が訊ねるとソエちゃんは首を振る。それから、うう、とか、ぐぬう、とか、そんな感じの低い変な音を口から発しながら唇を引き結んだ。これは……あれだ……本当のことを言おうかどうか迷っているときのくせだ。ソエちゃんはその場をごまかしたりとか嘘をついたりとかそういうことが極端に苦手で、小学校でやったハンカチ落としのときもソエちゃんの目線さえ追っていれば誰の後ろにハンカチが落とされたのかは明白だった。
 ……てことは。怪我じゃないのだ。その包帯の理由。
 それじゃあ、何?
 だって、包帯を巻く、何かがあって、何のために?
 私の脳裏にいくつかの可能性がよぎる。
 いじめ。ぎゃくたい。ぼうりょく……
[力になりたい]
 私はとっさに書いていた。
[たよりないかもしれないけど]
 この時点ですでに、私の普段からそんなに上手じゃない字はもはや判読不可能なレベルになっていたが、ソエちゃんはちゃんと読み取ってくれたらしい。彼女はぎゅうっと唇を巻き込んでから、すっくと席から立ち上がった。
「あ、し、シマちゃんちょっとトイレ行こ」
「え、うん」
 腕を引かれるがままトイレに向かう。久しぶりのソエちゃんの手の感触はやわらかい。
 運よくトイレには誰もいなくて、それからソエちゃんは洗面台の傍に立って、うつむきながら「あのねえ……」と口にした。
 何を言われても、私は彼女の味方になる。
「うん」
「…………た、タトゥー……入れたくて……いつかね……?」
「……うん……ん?」
「昨日……練習で……マジックで……描いてみたら……消せなくなっちゃった……」
「……おぉ……? なるほど……?」
 驚いた私の顔があまりにあんまりだったのか、ソエちゃんは上目遣いでちらりと私を見てから両手で顔を覆って「誰にも言わないでほしい……!」と絞り出すような声で言った。
「い、言わん言わん! 内緒にする!」
「ほんとぉ……?」
「ソエちゃんほど口軽くないから」
「ちょっとお!」
 ぺちんと肩をはたかれて、私は笑ってしまった。ああ、どうしよう、気が抜けてしまった。
「どんなタトゥーにしたの」
「えー……ここでは……」
「んじゃ、あとで描いて見して」
「うー……恥ずかしい……」
「わはは」
 そんなふうな気安いやり取りをしながら私たちはトイレを出る。教室に戻りながら「タトゥーって私たちでも入れられるの?」とソエちゃんに訊くと「ううん。まだだめ」とはきはきした返事があった。ちゃんと調べてるんだなあ。
「シールもあるけど、オリジナルの入れたくて」
「ソエちゃん絵上手だから、絶対カッコいいのになるね」
「んえぇ……えへへ」
 恥ずかしそうに笑うソエちゃんはかわいい。
「何歳になったら入れられるの?」
「んとね、十八歳っていうか、高校上がったら」
「入れるとき私もついていってい?」
「ええ?」
 教室の扉を開けたソエちゃんがまだ廊下にいる私を振り返る。私は真剣な気持ちを込めてソエちゃんをじっと見た。
「一番に見たい」
「…………いーよ」
 西日が教室を照らして、ソエちゃんのはにかみ笑顔がオレンジ色になる。
 これが、中学生の私が人生のすべてを賭けて、ソエちゃんの隣にいるぞと誓った瞬間である。