第14回ワンライ参加作品(2023/05/20)
【本日のお題(このなかから1つ以上選んで書く/◎…使用したお題)】
◎○○の絆(○○は変換可能)
◎初夏
◎慣れてきた?
 対決
◎困難に打ち勝つ


 僕の右腕がなくなり、義手を装着するようになってから初めての夏が来た。まだ完璧な義手ではなくてこれからどんどん改良を重ねていくためのプロトタイプだ。主治医の先生は「この義手では夏は暑くて汗をかくから大変ですよ」と、「少しでも気になることがあったら私のところに来てくださいね」と何度も何度も念押しをしてくれた。僕も何度もうなずいた。
 僕や他の人たちの身に起こった事故は町じゅうの知るところとなっていたし、僕の右腕がないことも、僕が義手を使い始めたこともすっかり周知の事実だったけれど、僕を見てくる視線のなかには少なからず僕にとっては嫌だと感じるものも多くて、僕は夏だけど腕を覆うような冷却カバーをつけることにしている。僕らはみんな直射日光にはそんなに強くないけど、仕組みとして体内に冷却装置はしっかり備わっているし、肌が高熱にならないようなシステムが入っている子も多かった。でも残念ながら僕はそうじゃない。義手のためにお金を貯めなくちゃいけないから少しでも節約できるところはしないと。
「もう慣れてきた?」
 昼休みのごはんを終えて、雑談を始めた隣の席のカデルに訊かれる。どう返事していいのかもわからず僕はウーンと唸った。それを聞いていた前の席のトリアンが振り返って言う。
「そんな簡単には慣れないよねえ」
「ウーン……ていうか、ときどき勝手に動く」
 僕は二人に右腕を見せた。薄橙色の親指がけいれんしているみたいに震える。二人は「これ勝手に動いてるの」と心底驚いたようだった。
「なんでかな」
「さあ……」
 あいまいに言葉を濁したけれど、僕はこの義手を紹介されたとき「前の記憶があってもしかしたら制御が効かなくなることがあるかもしれない」と言われたことは、特にトリアンには黙っているべきだと思ってそれ以上は口にしなかった。トリアンの家は“そういう”お宅なのだ、とおばあちゃんが言っていた。
 カデルは自分の銀色の腕を曲げたり伸ばしたり、上下左右に好き勝手に動かしながら、「自分の腕が自分でうまく使えないって、不思議だ」と言う。僕はうなずく。うなずくけれど、何も言えない。
 そのうちお昼休みも終わりに近づいて、移動教室のための準備が始まった。
「そういえばラゼは退院したのかな」
「もうすぐって言ってなかったっけ?」
 カデルとトリアンはそんな会話をしながら僕の前を歩く。校内掲示板のある壁に差し掛かって、僕はふと足を止めてそれを見た。こないだ発行されたばかりの校内新聞が掲示されていた。
 最近はずっと、一番下の段は“あの事件”を受けて作られた“団結”だとか“生徒の絆”だとかの大切さを謳った広告スペースになっている。
『困難に打ち勝とう、私たちにはそれができる』
 指向性のスピーカーから聞こえてくる文句が僕の聴覚機構を震わせる。右腕の義手がじとりと汗ばんだ感覚があった。僕は右肘の連結部分を左手で掴む。
『つなごう、オーラリア中学の絆』
「スラト、どしたの」
 立ち止まっていた僕をカデルとトリアンが引き返して迎えに来てくれた。二人の顔の真ん中についている目が心配そうな色を帯びる。僕は首を振って歩き出した。薄橙色の右腕を冷却カバーを伸ばして隠す。
 この義手にしなきゃよかった、と何度も何度も思う。そのたびこいつは僕の銀色の胸をひっかこうとするけど、そこにコアがないことにはまだ気づかない。もしかしたら時間の問題かもしれないけど、そのころにはきっと新しいタイプのものに変わっているだろうから気にしないことにした。本体は僕なのだ、僕のほうが強い。
 不意に、ギュイン、と右肘の連結部分が動いて、僕の太ももをカバーに覆われた義手が打った。痛みは感じない。僕はそれを見下ろして、それから前を向く。やる気をなくしたみたいにだらりと垂れ下がっている右腕にコアのなかで呼びかける。そんなことをしても痛いのはお前のほうだ。僕じゃない。
 今日の帰り、先生のところに寄ろう。
 僕はそう決めると、カデルとトリアンを追って廊下の角を曲がった。