第15回ワンライ参加作品(2023/05/27)
【本日のお題(このなかから1つ以上選んで書く/◎…使用したお題)】
 不変の○○(○○は変換可能)
 お買い物
 忠告と警告
◎一週間
◎光の花が咲く


 駒木琴子(こまぎ・ことこ)は緊張していた。今日は町の大きなホテルで開催される花火大会で彼女が初めて手掛けた花火が夜空に打ち上がる日で、彼女が恋する相手、坂出夏(さかいで・なつ)にもその連絡していたから。しかし夏には男性の恋人がいて、このところは琴子と会うよりも恋人を優先しがちになっていることに琴子自身も気づいていたから、そいつと一緒に見に来られるくらいなら見てもらえないほうがマシだ、とギリギリまで粘って、結局連絡をするのが当日の一週間前になってしまった。
[今度の晴嵐の花火で私が作った花火が上がります。言うのギリギリになっちゃったから、もし余裕あったら見に来てよ]
 カレシとでも、の一言を入れることは琴子のプライドが許さなかった。メッセージへはすぐに既読マークがつき、
[えーほんと!行く行く!晴嵐って駐車場大きいよね?]
と返事が来て、琴子はぎゅうと唇を引き結んでひとつうなずいた。
[あの坂のところ脇全部駐車場だから急いで来なくても大丈夫だと思う]
[いいところで見たいからすぐ行く!ことこには会えるの?]
[準備と撤収があるから無理かも]
[え~残念。楽しみ!がんばってね!]
 投げキッスのスタンプと、おやすみのスタンプが立て続けに送られてきて、琴子もそれにおやすみのスタンプを返して布団に転がる。じたばたしたくなったが抑えた。彼女が暮らしているのは案外振動が伝わりやすいアパートなのだ。
 本番当日までの一週間、琴子はそれまで以上に真面目に作業に取り組んだ。春にこの企業に入社して、先輩熟練者から星の作り方を学び、「お前な切り星作んなだば上手だおんだの」と感心したように褒められた。琴子は何かを同じ大きさに切りそろえるのが昔から得意だった。
 夏季の花火大会ラッシュはとにかく先輩熟練者のサポートで東奔西走した。そして秋、ついに琴子にとってのデビューのときが来たのだ。
 当日は夏から送られてきた[着いたよ。見てます]というメッセージとホテル晴嵐の屋根の写真にがんばるのスタンプを送り返すだけで精いっぱいだった。会社での最終確認作業も行い、現場での点火器の最終チェックも目をかっと見開いて取り組んだ。
 そうして暗い夜に打ち上がった、自身の初めて手掛けた花火を見たとき、琴子の目からは自然と涙がこぼれていた。
「がんばったの」
「いい感じだよ、よかったね」
「…………はい゛…………」
 先輩の熟練者や幹部から口々に激励の言葉をかけられながら、琴子は奥歯を噛み締めて涙をぬぐった。
 そうこうしている間に花火大会は終わり、ホテル晴嵐のスタッフから感謝の言葉を送られながら撤収作業をしていた琴子に先輩熟練者の一人が声をかけてきた。聞けば、友達があっちで待ってる、と言う。
「行ってきていいよ。今日はお疲れ様だったからね」
 帰るときには戻ってきてよね、と満面の笑みで見送られた琴子がホテル晴嵐のスタッフ駐車場の入口で見つけたのは、街灯の下に一人で所在なげに立っている夏の姿だった。
「夏!」
「あ、ことこー。お疲れ様。見てたよ! すごかったね!」
 夏はまるで我が事のように体を弾ませて喜んで、そのことが琴子の心をぬくめる。ウン、と琴子がうなずくと、「でも、どれがそうなのかはわかんなかったや」と夏がしょんぼりとした様子で言った。
「これかなあって思うのはあったんだけど」
「え、あったの」
「あったよ。高校のときのさあ美術の授業で、ことこが『光の花』ってタイトルで出した絵あったじゃん。あれに似てたから」
 琴子はそれを聞いて息が詰まりそうだった――まさに彼女はそれを思い描いて今回の星を作り、その先へ行きたいがために花火師を志したのだから。
「あたしあの絵好きだったから。高校のときも好きって言ったでしょ?」
「え……覚えてない」
「うそお! めっちゃ言ったじゃん! ひどー!」
 夏はぱあっと笑顔になって琴子を小突いた。琴子も苦笑を返しながら、はたと思い至った事実に気づく。
「あ、そういえば、彼氏は。待たしてるの?」
「え? ううん。一人で来たよ」
 ぱちりと琴子は瞬く。夏は街灯の下にくしゃりといたずらな笑みを浮かべて、「ことこの花火はあたしだけのものにしたかったの」と言いながら肩掛け鞄のショルダーベルトを握った。
「多分、あたしだけのものになったよね?」
 伺うような瞳に光の花がきらりと咲く。
「…………なったよ」
 絞り出すような声が琴子の喉から出て、街灯の下で己の顔が真っ赤になっていやしないかと彼女は不安になる。それでも、目の前で夏が嬉しそうに笑うのを見ることができた事実を思えば、次に咲かすのはこんな熱でありたい、と琴子の心のなかの種がまたひとつ、密やかに芽生えるのだった。