第17回ワンライ参加作品(2023/06/10)
【本日のお題(このなかから1つ以上選んで書く/◎…使用したお題)】
 ○○の過ごし方(○○は変換可能)
◎ホットケーキ
 思いやりのある行動
◎ラジオ体操
◎ゲームをする


「実際さあ、運動ってします?」
 突然、六つ下の後輩、堀江にそう訊かれ、私は首を振った。堀江は「ですよねえ」と即座に返してくる。
「インスタでつながってる人とか、結構みんなしてるんすよ。ジム行ったとか平気で言うし……すごくないすか、それ」
「いやすごいよ、すごいと思う」
 実は私がSNSでつながっている人たちも、なかなかの頻度で「ジム行った」をはじめ何らかの「運動をしました」報告をしてくる。私はそれをタイムラインで横目に眺め、ゲームをする日々だ。そういえば「フィットボクシングやった」なんて人もいたな。世の中の人たちはすごすぎる。
「こないだの健康診断で問診のときに看護師の人に『運動……どうしてもやる気になりませんかー』とか言われちゃって」
「ワハハハ何言われてんだ」
「三ない運動やってるんで」
 酒飲まない、タバコ吸わない、運動しない。指を折り折りそう数える堀江に私の笑いはますます大きくなる。堀江もひとしきりケタケタ笑ってから、半端になっていた弁当を掻き込んだ後に「ほんでえ」と続けた。
「ラジオ体操やるのっていいと思うんすよ」
 やや前のめりになってそう訴えかけてくる堀江に私も、なるほどなあ、と頷く。
「そういや藤原商事さんで朝ラジオ体操やってるとか言ってたな。それ聞いたときはまだ二十代とかだったからめんどくせー会社だなと思ってたけど、この歳になってみると……」
「ね! わかりますよね!」
 絶対したほうがいいんすよ、と膝をパアンとしたたか打った堀江は、「社長に言ってみようかな」なんてぼやいている。いいんじゃないの、と私もうなずいた。堀江のこういう性格が、“緩い”と“だるい”でぐだぐだになっているこの会社の空気を換えてくれるような気がした。

 翌日から朝礼が終わったあとにラジオ体操をやることになったのには驚いた。こいつ、行動力のかたまりすぎる。多分、部署の他の連中も堀江に対してそう思っていて、そして自分自身に対して運動不足を痛感していたのだろう。ラジオ体操をやる習慣は我が社にすんなりと受け入れられた。

「みはるさんちのホットケーキにサツマイモって入ってました?」
 堀江の質問はいつもこんなふうに唐突だ。私は首を振る。そもそも我が家ではホットケーキが作られたことがない気がする。
「やっぱそうすか」
「や、ていうか、ホットケーキ食べたことない、多分」
「あ、へー。そっちか」
 ふんふんと頷きながら堀江は大きな口で弁当をばくばく食べる。いつも思うけど一口が大きいな。
「彼女がサツマイモもらったからホットケーキに入れてい? て訊いてきて。ホットケーキにサツマイモ入んの!? てびっくりしたんすよ」
「ほー。……え、彼女いたの?」
 私の驚きはそっちだった。堀江はぱちぱちと瞬いて「いますよ」と何の気なしに言った。いや、知らんかったからこっち。
「てか、女同士……」
「え? 別にフツーでしょ」
「いや、私の身近では初めてかな……」
「あれ、そうすか」
 堀江に「へー意外」みたいな表情をされているのが釈然としないが、私のなかにはもうひとつ疑問が浮かんでいて、どうしてもそちらを優先したくなってしまった。
「ところでホットケーキとパンケーキの違いって何?」
「薄さじゃないんすか?」
「ええ? だってこんくらいふくらんだやつもパンケーキって言うじゃん」
「そういや確かに」
 調べるか、とすぐに堀江はスマホを取り出す。こういうすぐにアクションを起こせるところがすごいなあといつも思っている、口にはしないが。堀江はスマホの画面上に忙しなく目線を動かしたあと、「あー」と胡乱な声を発した。
「何?」
「ホットケーキはパンケーキの一種ってことらしいす」
「はあー、なるほど」
 何度もうなずく私に、堀江もうなずいてスマホをテーブルに伏せて置く。そこで、私はもうひとつの疑問を訊ねた。
「サツマイモのホットケーキ、おいしかった?」
「そりゃもう。世の中のシャレオツな店はみんなあれを秋の定番にしたほうがいい」
 堀江はぱっとスマホをひっくり返してロック画面を見た。たかたかと操作して私に画面を向けてくる。きれいに三角に切られて黄色い断面が撮影されたホットケーキの写真だった。
「あ、これはうまそう」
「ね。今度作ってもらって会社持ってきますよ」
「あら。ごちそうになります」
 おどけるように両手を合わせて軽く振ると、堀江は満面の笑みで大きくうなずいた。それを見ただけで、マジでおいしかったんだなあ、と感じられる。

「だからってこれは量多すぎ」
 部署の全員に、という前提で持ってこられたサツマイモホットケーキは六号サイズが三枚あって、部署の人数の七人で割り切れもしないし、堀江は一枚を四等分で切ってるしで散々だった。
「ちなみに一枚は自分で焼いて失敗したやつなんで」
「おい」
「裏側見たらわかっちゃうんで。裏側見ないで引いてください」
「ジョーカーの言い方すんな」
 同僚たちがあーだこーだ言いながら楽しそうにサツマイモホットケーキの乗った紙皿を取っていく。なぜか裏側が丸焦げのジョーカーを引いたのは私だけで、堀江の心底楽しそうな大笑いが憎らしく、それでいてなんだかおかしくて、私は初めてのホットケーキを文句を言いながら完食した。
「よし、また持ってきますね」
「加減を覚えろ」