第22回ワンライ参加作品(2023/07/15)
【本日のお題(このなかから1つ以上選んで書く/◎…使用したお題)】
 最後の○○(○○は変換可能)
◎平凡
◎お互いを見つめる
 旅
 深淵を覗く


 人物紹介の一行目に「どこにでもいる平凡な」と書かれる主人公が嫌いだった。そいつは主人公なので何かを成し遂げる未来が確約されている。こういう主人公が登場する物語には、バトルをテーマにした作品であろうとスポーツをテーマにした作品であろうと、その他であろうと、たいてい主人公の仲間がいて、ライバルがいて、ライバルどころではない圧倒的な敵がいて、その他大勢のいわゆるモブがいる。当然、「どこにでもいる平凡な」と書かれる主人公に「負ける」キャラクターも出てくる。
 「どこにでもいる平凡な」主人公に共通する性質を私は知っている。それは、「たゆまぬ努力を積み重ねる」というものだ。この性質により「どこにでもいる平凡な」主人公は「そうではない」何者かになり、最終的には何かしらの成功を収める。

 休日、真昼間のファミレスで私のこんな愚痴を嫌な顔ひとつせず聞いてくれるのは、会社の新入社員歓迎会をきっかけに仲良くなった総務部の水谷さんだ。水谷さんは、私が歓迎会の席で隣になった同じ部署の先輩としていた会話を耳にしたことで後日「すみません、もしかしてシッパーですか?」と遠慮がちに訊いてきたという猛者で、私はというと当然大いに動揺し、「私もなんです」という彼女の笑顔がなければ最悪そのまま逃げ去っていたかもしれない小心者である。
 逃げなくてよかった。なにせジャンルは違うが話が合う。我々の界隈ではよく「ジャンルの切れ目が縁の切れ目」などという格言が取り上げられるが、そもそもジャンルが違う状態で知り合っている我々なので、今のところ変なぶつかり方――察してほしい――をせずに済んでいる。
 水谷さんは様々なジャンルの知識を広く持っていたが、特に熱心に活動しているのは小説二次だそうだ。基本的に漫画ジャンルのオタクだった私にはまったく覚えのない分野ではあるが、その後おすすめしてもらって読んだ京極夏彦の『巷説百物語』シリーズはとても面白く、実はあまり大きな声では言えない妄想もしてしまった。一部の人にはときどきあることだと思いたい、「別に読まないし、書かないけど、この人は“こっち”だな」という目でキャラクターを見ることは。

「努力できるのって才能みたいなとこ、実際あるよね」
「そう! そういうこと! どこにでもいる平凡なとか、言わないでほしいの」
 水谷さんの相槌にここぞとばかりに私は乗る。
「努力家ですって胸張って言ってほしいの」
 その昔、私の好きな漫画に出てくる私の好きなキャラクターは「どこにでもいる平凡な」主人公に敗北を喫した。いかにも何かありそうな感じで物語中盤で登場し、“現実だったら”絶対こっちのほうが勝つだろみたいなところで、主人公の主人公パワーによりあえなく負けた。以降、ネームドではあるがその他大勢のひとりのような扱いで物語の端々に登場するだけの存在になってしまい、大した台詞もなく、いつしか物語の本流からいなくなった。
 私にはそれがとてもつらかった。
「別に勝ってほしかったわけじゃないの。漫画のなかで、もう、その他大勢になっちゃったのが……」
「見えなくされるの、つらいよねー」
 水谷さんが言う。私が、いつの間にか空になったグラタンの皿を見つめるだけになっていた顔を上げると、水谷さんも私を見ていて、お互いに見つめ合ってしまった。
「……小説ってそういうしんどさとか書いてるの、いっぱいありそう」
「ええ? 漫画も結構あるじゃん。あるよね?」
「多分あるけど……ここだけの話、オタクがTwitterで変な盛り上がり方してるやつには近寄らないようにしてるから」
「あはは!」
 正直、水谷さんにしか言えないぶっちゃけ話を初めてすると、思った通り水谷さんは笑ってくれて、私はそのことにすごくほっとする。
「あ、ねえ、じゃあさ、今度一緒に映画観に行かない?」
 水谷さんに切り出されて私は瞬く。知り合ってから初めての映画鑑賞のお誘いだった。水谷さんは携帯をいじくって開いた画面を私に見せる。
「この映画、そういう感じのしんどいやつなんだって。一緒に傷つきに行こうよ」
「えええ……そんなの自分から観るの……?」
「試しに一回。だってこんな話できるの香坂さんだけだもん」
 お願い、と顔を覗き込まれるように小首をかしげられ、私は思わずうなずいてしまった。「嬉しい、ありがとう」と本当に喜ばしそうな水谷さんとなら、一緒に傷ついてももしかしたらちょっとくらい平気かもしれない、と思える。

「香坂さん」
「ん?」
 ドリンクバーに行って戻ってきた水谷さんが、向かいの席に坐り直しながら私を見て、言う。
「今度、私の書いた小説読んでほしい」
「……!! ぜひ!!」
 いずれにしても私は、水谷さんともっと仲良くなりたいのである。