第24回ワンライ参加作品(2023/07/29)
【本日のお題(このなかから1つ以上選んで書く/◎…使用したお題)】
◎○○に染まる(○○は変換可能)
◎怒り
 破壊と創造の運命
◎バイキング
 正しい方向


 怒りで目の前が真っ赤に染まる、という慣用表現は思いのほか正しいのかもしれない。真っ赤とはいかないまでも、やけに赤みがかって見えたものだ。あいつの頬の色も。
「俺、やけ食いする人間初めて見たよ」
 プレートにシーザーサラダとハンバーグとキッシュをそれぞれ控えめによそい、目の前に坐った浜畑はため息交じりに言う。呆れたような態度が癪に障る。
「昔からこうやって怒りを鎮めてきたんだ」
「昔から?」
 俺の言に浜畑はまたしても素っ頓狂な声を上げた。
「なあ、それはさ、うーん、あいつの心配もわかるよ俺は」
 肩を落とし、浜畑はシーザーサラダのレタスを食べる。俺はローストビーフを山のうえからもう一切れ箸でつまんで口に運んだ。
 ――正直な話、俺の怒りはもうとっくに鎮まっていた。バイキングの料金を浜畑の分も一緒に払っているときから、本当はもう、引っ込みがつかなくなっていただけなのだ。奢り前提で愚痴を聞くよと調子のいいことをのたまった浜畑には、頼むから料金分の料理をたらふく食ってほしいものだ。
『なあ多紀、こないだの健診の結果、俺にも見してよ』
 毎年の健康診断のメニューに胃カメラが追加されるようになってから、あいつは俺の診断結果を確認したがるようになり、明らかにその内容に一喜一憂することが増えた。一度、日常の話のタネにと「そういやこないだの健診で血圧が少し高めって言われてさあ」なんて口にしてからだったと思う。
 あいつは、あいつの家族とは結局わかり合えないまま俺と一緒にこの街で暮らし始めたし、それ以来一度も自分の家族には会っていない。けれども、あるとき苦しそうに「父さんは昔、狭心症から心筋梗塞になって倒れたんだ、なんとか助かったけど」と打ち明けてくれたことがある。そう、一度だけ会ったことのあるあいつの父親も、俺と大体似たような体格をしていた。
「お前らずっと一緒に生きてくんだろ、こんな田舎で」
「…………」
「じゃあ、やっぱ、ゆずり合ったほうがいいよ。少しくらいはさあ」
 そうしてポテトサラダを口に運ぶ浜畑の物言いに、俺は言葉を返せなかった――ずっと、返す言葉なんて見つからなかったけど。
 あいつが“俺のため”を思って言ってくれたことだと頭ではわかっている。浜畑もその立場だろう。だけども俺は食うことが好きだ。自分でもそうだし、あいつが目の前で飯でもお菓子でも、何かをうまそうに食っているのを見るのも好きだ。飯を食いながら言葉を交わすのが好きだったし、俺があいつに惚れて――あいつは自分が俺に惚れたんだって言うけど――付き合うようになったのだって、そのへんのことが理由だった。
『なあちょっとずつさ、体にいいもの食べようよ。好きなものだけじゃなくてさ』
 なんでこんなに簡単に、頭に血が上ったんだろう。
 箸が止まってしまう。浜畑も無言でいる。賑やかなバイキングレストランの店内で唯一つまらない空間になってしまった俺たちの周囲で、携帯の着信音が軽やかになった。
「お前じゃね? 出れば?」
「…………」
 あいつと俺とは、飯食ってるときには絶対携帯を見ない、ってところも気が合った。
 頓着しない浜畑の言葉を受けて俺が鞄から携帯を取り出すと、ロック画面にあいつから来たメッセージが通知されていた。
[ごめん]
 立て続けに、ぽこん、ぽこん、とメッセージが届く。バナー通知の画面だから、全部は読めない。
[多紀のことないがしろにした。俺の気……]
[体にいいものを、多紀の好きな味で食……]
[一緒にチャレンジしてみない?]
 …………。
「……返信してもいいか?」
「好きにしろよ。俺はおかわり行ってきまーす」
 いつの間にかプレートを空にしていた浜畑は立ち上がり、料理の並んだスペースに歩いていく。俺は箸を置いて急いでメッセージに既読をつけた。
[俺こそごめん。柊弥が俺のこと心配してくれてるのはずっとわかってた]
[意固地になってた。本当にごめん]
[ほんで今浜畑にやけ食いに付き合ってもらってるから、返事は帰ったらする。でも、しゅうの話に全面的に賛成します]
[本当にありがとう]
 送り終えて、もう少し何か付け足そうかと悩んだところですぐにあいつから返信が来た。
[もー!たくさん食べておいで!帰ったら俺と一緒にプリンね!]
「…………」
 ガタリ、と対面の椅子が引かれて、新しいプレートに新しい料理群をしこたま載せた浜畑が戻ってきた。
「何ニヤけてんの」
「うっせ」
「それよりチョコフォンデュあるの知ってた?」
「知ってたけど、今日はやめとく」
 浜畑は俺を半眼で睨みつけ、それから盛大にため息をついた。なんだか申し訳ない気もしたが、やつのプレートに載っている量ならもしかしたらそこそこ元は取れそうにも見えたので、それで勘弁してほしい。
「なんかごめんな」
「いーよ。お前の奢りだし、珍しかったしな」
 このうえ俺のプレートに作られたローストビーフの山から一切れをフォークで刺して持っていく浜畑は、どこか嬉しそうに見えた。