第27回ワンライ参加作品(2023/08/19)
【本日のお題(このなかから1つ以上選んで書く/◎…使用したお題)】
◎不変の○○(○○は変換可能)
◎おねがい
 すがすがしい朝
◎半袖
 すべてを賭ける


 俺の友人、小矢部は、持っているTシャツの種類がやたら多い。どこで売っているのかわからないようなセンスのデザインが多く、有名人で言うとイチローの着ているTシャツのセンスが親しみやすさの表象としてネタにされて久しいが、小矢部自身は彼に憧れているわけではないらしい。というか、野球に興味もなければ家にテレビもないのでイチローのそういう姿を見る機会がない。ネットでも出会わなかったなんて奇跡じゃないか? って俺はちょっと思っている。
 今日は胸許にでかでかと「STOP!増税」と書かれた白いTシャツだった。マゼンタの地色に黒で表記されるそのメッセージは目を引く。
「売ってんの? それ」
「売ってる。SUZURIで買った」
「すずり?」
「知らんのか。グッズ販売ができるサービスがあるんだよ」
「ぶーすじゃなくて?」
「BOOTHとはまた違う」
「ふーん……?」
 俺は俺でいまいち小矢部の言うことに理解が追いつかないところが多々あった。いわゆる同人? というものらしいが、俺の人生で通ってこなかった世界である。
「んでも、増税反対は賛成だなー」
「そうだろう」
 俺の隣を歩く小矢部は背筋を伸ばし、シャキシャキと歩く。俺たちは高校一年のときからの友人同士だが、小矢部は昔からこうで、俺と出会う前からもずっとこうだったんだろうと思う。俺も小矢部も友人を作るのがいまいちうまくできなくて、学校行事のたびに自然と二人で組まされているうちに本当に仲良くなったというのが経緯だ。
 今日は気温が三五度を超える予報が出ていて、さわやかな増税反対Tシャツの半袖から伸びる小矢部の腕がよく焼けているのが見える。俺は日焼けをすると赤く腫れてしまうたちだったから今日も日焼け止めをしたうえに長袖のカーディガンを羽織ってきた。健康的に焼けることのできる小矢部のことを夏が来るたびにうらやましく思っているのは、常から小矢部に伝えていることだ。
「志野、カード」
「あ、うん」
 ショッピングモールに併設されている映画館は、ちょうど昼時なこともあってやや閑散としている。
 小矢部は映画というと「昔『十二人の怒れる男』を観たきりだ」なんて言うくらい縁がないみたいだったけど、俺があるとき、ホラーが苦手なくせに話題になっているからとどうしても観たかったホラー映画を、一緒に観よう、おねがい、と何度も――それでもなるべく嫌がられないテンションを心掛けて――頼んだら、別にいいよ、と返してくれた。
「そんな必死にならなくても、最初から、嫌だなんて言わない」
 事も無げに小矢部がそう言うので俺は心からほっとしてしまった。
 もしかしたらあまり理解してもらえないかもしれないけれど、自分が何が好きか、と誰かに伝えることが俺はすごく苦手だった。というか、苦手意識を感じていた。ましてやそのときはホラー映画だったから、苦手なくせに観るなんておかしい、と言われることすら覚悟していたのに、小矢部は一言もそんなことを言わなかった。
「なんで話題になったかわかるし、お前が観たかった理由もなんとなくわかった」
 小矢部はそう言って、「また誘ってくれ」と続けた。俺が泣きそうになったその日も夏で、小矢部は胸許に達筆で「地球温暖化」という文字と真っ赤になった地球が描かれたTシャツを着ていた。
 今日観る映画は中国で作られた歴史アクション映画だ。1は日本に来なかったのにどういうわけか2が来た。そう言うと小矢部は、「そういうことあるよな」と口にした。
「でも、1が来てないから俺たちは今のところこの映画二人占めだ」
 買ったチケットを小矢部に渡すと彼はニヤリと笑う。俺もうなずいた。俺たちが映画を観に行くとこういうことが結構あって、広い客席の本当のど真ん中を陣取って観賞する二時間はなんだか特別な気分で楽しい。
「もしかしたらさ」
 場内が暗くなる前の五分間、ぼんやりと予告編が流れるスクリーンを見ながら小矢部がふと口を開いた。
「ん?」
「チケット、高くなったろ。値上げも少しは影響しているかもしれない」
「ああ、人がいないの」
 小矢部に言われて、そうかもなあ、と俺はうなずいた。二〇〇〇円近くは、さすがにきついよな。
「でも、本当に観たい映画ならあまり気にしないことにしよう。俺は平気だから」
「あ、うん……」
 俺が横にいる小矢部を観ると、小矢部はスクリーンを見たまま、
「推し活だろ」
と言った。
「推し活」
「そう。推し活。俺のTシャツと同じ」
「あ、それ推し活なの」
 少しばかりびっくりした俺が早口で返すと、小矢部はうなずく。
「増税反対を推してる。増税反対……とか」
「とか? 他には?」
 俺が訊くと、そこで小矢部はやっと俺を見た。なんでか、向こうも驚いた様子だったので俺は首をかしげてしまう。
「……差別反対とか」
「あ、それ。不変の誓いだな。そういうのも推せるのか」
「……あと、柴犬命」
「急に」
 おかしくなって俺は笑った。小矢部も笑っているうちに場内が暗くなって、俺たちは自然と居住まいを正してスクリーンに向き直る。
 映画が終わったら、今、小矢部が着ている「STOP!増税」のTシャツを、俺も買えないか訊いてみよう。すずり? もよくわかんないけど、訊いたらきっと教えてくれるだろう。